地元に根を張って生きていく。そんな確かな生き方が力になる。

地元に根を張って生きていく。そんな確かな生き方が力になる。

このストーリーのポイント

  • 大学では実家を離れるものの、就職で地元へUターン
  • 地に足のついた確かな生き方に魅力を感じる
  • 地元で働くからこそ、安定して長く勤められる企業を選ぶ

学生時代は大都市で1人暮らしを楽しみたいと、実家を離れる。しかし地元で落ち着いた暮らしを送りたいと考え、Uターン就職の道へ。全国転勤がなく、安定した経営基盤の中で長く働ける企業としてセキスイハイム中四国株式会社に入社。いま、営業として充実した日々を送る。

-profile-

藤本 賢吾

セキスイハイム中四国株式会社

福山支店
2018年入社/商学部商学科卒

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岡山県笠岡市出身で、大阪の大学に進学し、現在は実家から広島県福山市内の営業所に通う。入社3年でご契約15棟という目標に向けて、今は日々全力投球。その後も営業として実績をあげ、いつかはリーダーとしてのポジションを目指したいと考えている。

地元でスポーツに打ち込んだ少年時代

生まれも育ちも岡山県の笠岡市です。子供の頃から好きだったのはスポーツでした。小2の頃、友だちに誘われて地元の少年団に入ったのがきっかけで、中学卒業まで野球を続けました。父親とキャッチボールを楽しんだ記憶もありますから、その影響もあって野球を始めたのかもしれません。
中学では少年団と部活のかけ持ちでした。夜遅くまでボールを追ってグラウンドを走りましたが、仲間たちと一緒に過ごす時間がとにかく楽しかった。厳しい練習も、仲間のおかげで投げ出すことなく続けられたと思います。

バスケットボールも小学校の時に始めました。いわゆるミニバスです。少し離れた町のチームに入って、周囲は知らない子供ばかり。でも、一緒に練習してゲームをすれば、すぐに名前で呼び合う仲になれました。私は人見知りしないタイプですが、それもこうした経験から培われたのかもしれません。

笠岡市で育ったわけですが、卒業後は地元を離れて大阪の大学に進むことにしました。一度は大都市で、大勢の人に囲まれた刺激ある暮らしを経験したいと思ったからです。
商学部を選んだのは、商業高校だったからです。ではなぜ商業高校だったかというと、普通科よりも楽に入れると考えたから。どうやら無理せず要領よく生きようとするタイプなのかもしれないと、自分でも思います。

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地に足のついた生き方をするには地元がいい

要領の良さは学生時代も発揮され、効率よく授業の取捨選択をして単位を取っていました。大学時代特に力を入れていたのがアルバイトです。親と「生活費は自分で稼ぐ」と約束して大阪に出てきたためです。
長く続けたのはピザの配達です。地方から都会に出てきて、配達とはいえ、知らない街を走り回るのは楽しかったし、慣れてきたらどうやって効率よく回ろうかと考えるのも面白かったです。

アルバイト以外の時間もしっかりと持つことができ、バスケのサークルや会計のゼミなどを通じて仲間との出会いもたくさんありました。私のように地方出身で1人暮らしをしている友人も多かったです。就職活動の時期が近づいてきて、そうした仲間の多くは地元へのUターンを決めました。
やはり生まれ育った場所への思い入れは誰の心にも強くあるのでしょう。地元志向、地元愛は、みんながもっていました。

私もそんなUターン志望の1人でした。
一番の理由は、腰を落ち着けて生きていくには、やはり地元がいいと感じたからです。大阪は楽しい街で、学生時代を過ごすにはいい街でした。しかし、都会の人混みは、やっぱり疲れるもので、若いうちはいいけれど、仕事をするとなったら地元で落ち着きたいと考えたのです。こうした思いは、就職活動を始めた頃からずっと心の中にありました。
私は長男で、姉と弟がいます。卒業後地元に戻る約束をして家を出たわけではなかったのですが、大学を卒業したら地元に帰りたいと告げると、家族はたいへん喜んでくれました。

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知名度の高さと安定性に魅力を感じて

早くからUターン就職を決めたので、就職活動の一番の“軸”は地元企業ということになりました。そこで岡山県、広島県で働けることを条件に企業研究を続け、食品や不動産、メーカーなど10社程度に絞りました。業種は見事にバラバラでした。
その中から最終的に決めたのが、セキスイハイム中四国株式会社です。中国・四国エリア勤務での採用だったことに加え、全国転勤がないことが魅力でした。何よりも会社の知名度が高く、商品力もあって、安定して長く働けそうだと感じたことが決め手となりました。地元で働くということは、地元に根を下ろして生きていくということですから、安定性はとても重要なことだと思います。

職種については、営業職一本で絞りました。とくに自信があったわけではなかったですが、粘り強く一つのことに打ち込むのは得意だったので、投げ出さずに続けていける確信はありました。
住宅は、多くの人にとって人生で一度の高価な買い物です。営業という仕事を通じて、そうした大切な買い物に関われるというのはやりがいのある仕事だと思いました。都会と違って、中四国地方はマンションより戸建て住宅が中心ですから、若いうちからきっと多くの経験ができるに違いないとも考えました。

今振り返って、Uターン就職は正解だったと思います。
都会は楽しいけれど落ち着いて暮らすならやはり地元がいいですし、生まれ育った土地だから気風や言葉も自分に合っています。お客様へも地元のことをよく知っているからこそのご提案ができたり、共通の話題で盛り上がり意気投合したりすることもあります。そして何よりも、経済的な安定感は抜群ですね。私は実家から会社に通っており、家賃の負担がありません。クルマもすぐに買うことができました。
社会人として仕事をするということは、その場所にしっかりと根を張って、安定した生活を築いていくということです。地元に帰って就職するとは、そうした確かな人生を構築していくスタートだと思います。

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お客さまの夢の実現に誠意を尽くす

仕事は、新築住宅の営業です。住宅展示場にいらっしゃったお客さまや資料請求などのあった方に商品をPR。話が進んだら間取りの提案や資金計画のご相談を承ったりもします。先ほども言ったように、住宅はお客さまにとって一生に一度あるかないかの大きな買い物。そのお手伝いをさせていただくのは大きなやりがいです。

私が入社して最初にご契約をいただけたのは、1年目の7月のこと。ご年配のお客さまで、建て替えをご希望とのことでした。お客さまが最初に展示場にお越しになったとき、最初に接客をさせていただいたのが私だったため担当としてお付合いをし、ご契約をいただきました。もちろん実際には私はまだまだ力不足。先輩がつきっきりでサポートしてくれ、無事にお引き渡しまでできました。お客さまの喜ぶ顔を見るのは本当に嬉しかったですが、まだ自分の仕事という手応えはありませんでした。
そんな中、営業として自信が持てるようになり今でも印象に残っているご契約があります。入社2年目に私が担当させていただいたお客さまです。比較的若いご夫婦でした。このお客さまは住まいづくりを検討されていらっしゃったものの、十分な資金が用意できていませんでした。そのため他の住宅メーカーに相談しても、お断りされたというのです。
そこで私は詳しくお話を伺い、銀行の融資などを活用して、お客さまにとって無理のない資金計画を立てて、ご提案しました。その結果お客さまの課題はクリアされ、念願の住まいづくりができたのです。新居が完成し、いよいよお引き渡しという時、お客さまからは「やっとマイホームの夢がかないました。本当にありがとう」という言葉をいただきました。お客さまの人生の夢をかなえるお手伝いができる喜びを、私は心から実感しました。

最初から最後まで自分の力で一通り進めることができたのはもちろんのこと、何よりもお客さまが私という人間を信頼してくれ、任せてくださっているという実感が嬉しかった。誠心誠意力を尽くし、頑張っている姿が、お客さまの気持ちに響いたのだと思います。
当社の商品にはブランド力があり、お客さまから厚い信頼をいただいています。一方、若手に仕事を任せ、育てていこうとする土壌もあります。そのため早い時期から営業としての成功体験を積むことができるのです。そんな環境が、人の成長を強く後押ししていると感じます。

今、入社3年目。まずは、3年目として定められた目標をクリアーすることが一番のミッションです。その先は、チームをとりまとめるリーダーを目指します。これからもずっと生まれ育った故郷にしっかりと根を下ろした生活を続けることになると思います。
いつか自分が昔から知っている人の住まいづくりのお手伝いができたら、地元に帰ってよかったという思いは、さらに強いものになるでしょう。

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