一歩ずつ、着実に。“人”と“地域”への想いを大切に、成長していきたい。

一歩ずつ、着実に。“人”と“地域”への想いを大切に、成長していきたい。

このストーリーのポイント

  • 志望したのは幅広い業界の人を支える仕事
  • 地元で長く働きたいと考えて宮崎銀行に入行する
  • 支え合いを大切にするカルチャーの中、成長を続ける

地域のために、地域の人たちと一緒に育っていきたい。宮崎銀行では、そんな想いを大切にする行員が多数活躍している。須志田沙代もそんな1人だ。人をサポートする喜びにやりがいを感じながら、日々の業務を通じて、成長を続けている。

-profile-

須志田 沙代

宮崎銀行

赤江支店
2018年入行/総合科学部卒業

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入行後、油津支店にて窓口営業係から営業係(融資)まで、さまざまな営業店の業務を経験。現在は赤江支店にて、営業係として個人融資業務を中心に活躍中。

基本を大切に、最後までやり抜く大切さを学ぶ

太陽のまち、日南市。この地でさんさんと降り注ぐ陽光をいっぱいに浴びて育った須志田沙代は、当時のことを懐かしく思い出す。

「大学時代を広島で過ごしたんですが、地元を離れて改めて気づいたのは、宮崎の人はみんな温かいということでした。いつでも人のことを気にかけてくれる。困っていたら、お互いに声をかけあう。とても穏やかで、温和な人ばかりです」

中学校は地元の中高一貫校に入学。部活は、吹奏楽部に入部した。そこで手にしたのはクラリネット。

「子供の頃から人見知りだったけれど、ここで出会った仲間たちとは楽しく過ごせました」

中高一貫校の部活のため、コンクールなどのステージに立つのは高校生が中心。中学生はその姿に自分の未来を重ねながら、基礎練習に明け暮れた。

「地味な練習の繰り返しでしたが、投げ出そうとは思わなかったです」

穏やかさの中にある芯の強さは、須志田の持ち味だ。

高校でもクラリネットを続け、部活動の中心メンバーとなる。目指すのは九州大会出場。

“絶対に出場するんだ”

その決意を胸に仲間たちと切磋琢磨する日々。そして3年生の時についに九州大会への出場を果たす。35年ぶりの快挙だった。

「きつくても諦めないで、最後までやりきれば結果がついてくることを学びました。基礎練習は、決して裏切りません」

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幅広い業界の人たちを支える仕事に

「一度は宮崎県外へ出てみたかった。一人暮らしへの憧れもありましたし。それで広島の大学に進学しました」

入学式の日、1人の先輩に声をかけられる。硬式野球部のマネージャーだった。全国大会への出場を目指して全力で練習に打ち込む部員たちの姿に胸を打たれ、「選手たちの夢への挑戦を支えたい」と入部を決心する。

マネージャーの仕事は忙しかった。喉を潤すお茶を用意したり、連絡係をしたり。表舞台で闘う選手たちを裏方として支える仕事はやりがいが大きかった。

選手たちを支える以外に、マネージャーには大きな仕事があった。OBとの連絡やリーグとの調整など、渉外業務だ。同じ大学の仲間だけでなく、社会人と接する機会が多かったことは、当初、教師を志望していた須志田の職業観に大きな影響を与えた。

「いろんな世代の人、いろんな業界の人と幅広く接したいと思うようになったんです」

広く世の中を見て、たくさんの人を支える仕事がしてみたい。
そんな思いから企業への就職を志すようになる。そして“多くの人と接し、支える”という切り口で志望した業界の中に、金融があった。

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お互いを気にかけ、支え合うカルチャー

須志田が志望したのはインフラ業界、IT業界、金融業界。いくつか得た内定のうちの一つが宮崎銀行だった。

「最初は大都会で働きたいと考えました。東京、大阪、福岡…。けっこうギリギリまで悩んだと思います。でも結婚、出産を経てずっと働くことを考えたとき、やはり親の近くが安心と考えました。両親は好きなようにしていいと言ってくれたんですが、私は“宮崎で働く”という道を選びました」

そう決めたとき、選択肢は自然と一つに絞られた。
宮崎銀行。

「説明会や面接で先輩行員と話したとき、皆さん、とても温かくて穏やかな人柄でした。入行後、そのような人たちと一緒に働いて、私の選択は正しかったと感じています」

最初に配属されたのは油津支店。須志田の故郷、日南市にある支店だ。

「地元とはいえ社会人としてのスタートですから、緊張しっぱなしでした。人見知りなので、人間関係には特に不安を感じました。うまく溶け込めるだろうかと、頭の中はそればかり」

もちろんそんな心配は杞憂に終わる。支店の先輩たちは須志田を温かく迎え、溶け込めるようにと配慮してくれた。特に隣の席の8年先輩の女性行員には、今も感謝している。

「とても面倒見のいい先輩で、仕事中はもちろんのこと、食事などの際も、心配事はないか、わからないことはないかと、常に声をかけてくれました。特にミスしたときにフォローしてくださったのは、嬉しかったです」

ある書類処理の際に入力作業を間違えてしまったとき、先輩は「ミスは誰にでもあるんだから、気にすることないよ」と声をかけてくれた。もちろん反省は必要だ。しかし萎縮することはない。この一言で心が軽くなり、仕事としっかりと向き合えるようになった。

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一歩踏み込んだ提案のできる行員として

気がつくと2年目になり、後輩が入ってきて、早くも“先輩”と呼ばれるようになっていた。「もう私が先輩?!」と戸惑いつつも、1年前の自分自身を思い出しながら、サポートすることを心がけた。自分がそうだったから、新人の不安な気持ちが手に取るようにわかる。自分が先輩にされたように、新人を気づかい、ひんぱんに声をかけるようにした。

「やってみれば意外となんとかなるもんですね」

人なつこい笑顔に、自信が浮かぶ。

2年目から3年目にかけて個人融資業務を担当したことは、須志田にとって大きな成長に繋がった。
個人融資の中でも、主に担当したのは住宅ローン。

「最初は商品知識を身につけることで精一杯でした。けれど次第にお客さまとのお話を通じて、一歩踏み込んだ提案ができるようになりました。初めは“こんなことを聞くのは失礼では”という気持ちもあって、抵抗がありました。けれどお客さまの潜在的な悩みを引き出して、解決につながる提案をすることが金融機関としての使命。それがわかってからは深く踏み込んだお話ができるようになりました」

あるお客さまは、比較的年齢を重ねてからの住宅購入ということで「退職してからも借入金が多く残るのでは」ということに不安を抱いていた。会話の中でその不安を感じ取った須志田は、そうした課題に対応する返済プランの変更をご提案。お客さまから「ありがとう、実はこの点が不安だったんだよ」という言葉をいただくことができた。

人々の生活に寄り添い、支えていくこと。地域金融機関ならではのそんなやりがいを、改めて実感している。

3年目の冬、初の異動を経験した。新しい赴任先は赤江支店。宮崎市内の支店で、それまで実家から油津支店に通っていた須志田は、実家を離れて社宅暮らしとなった。

「初めての転勤だし不安はありました。そんな時、他の支店の同期から“頑張って”“きっと大丈夫”という電話をもらって、気持ちが楽になりました。離れていても相手のことを思いやり、気にかけてくれる、そんな温かい仲間ばかりなんです」

「女性活躍」にも注力する宮崎銀行。女性の働きやすさを大切にした制度・環境の中、須志田も長く働き続けるつもりだ。

「お客さまから選ばれる行員、困ったときに頼りにしていただける行員になりたいですね」

その未来は、ひなたの太陽のようにキラキラと輝いている。

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