いくつもの挑戦が私を成長させてくれた。人を磨いてくれる場が「スギ薬局」にはある。

いくつもの挑戦が私を成長させてくれた。人を磨いてくれる場が「スギ薬局」にはある。

このストーリーのポイント

  • 人間関係がよければ必ず仕事も楽しめると考えてスギ薬局へ
  • パートナーさんに教わりながら、導いていく立場へ
  • ムードメーカーを自認しつつ、その殻を自ら打ち破った

“人”がスギ薬局の主役。久保元希の言葉はそんな本質を教えてくれる。年上のパートナーさんたちとの関係づくりで自分を磨き、上司やメンターに弱い自分を支えてもらった。その思いがあるから、これからは自分が人を育てる番だという自覚も生まれている。

-profile-

久保 元希

株式会社スギ薬局

店長
2018年入社/四天王寺大学教育学部教育学科卒

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スギ薬局入社後は、2店舗の経験を経て、2年目で早くも店長に昇格。学生時代は小学校教師を目指していたが、今はメンターの経験を通じて人を育てることに喜びを感じている。将来は人事部の仕事にも挑戦したいと考えている。

ムードメーカーが自分の持ち味

サッカーやバスケットボールは1人で敵陣に切り込んでいって勝負できるけれど、バレーボールは絶対に仲間とボールをつながなければいけません。だからチームプレーが何よりも大切です。そんなことを私は高校、大学と続けたバレーボールで学びました。
プレーヤーとしては、高校からのスタートは遅すぎます。その差を埋めるべく、私はとにかく練習に打ち込みました。厳しい指導者だったこともあり、土日も練習。文字通り生活のすべてをバレーボールに捧げたというのが実感でした。少しでも成長してプレーで仲間に貢献できたときの賞賛の言葉が何よりも嬉しかったです。
チームにはムードメーカーというポジションがあり、任されたのは私。大きな声とポジティブなキャラで、チームを盛り上げることに力を尽くしました。

小学校の教師を目指していたので、大学では教育学部に進みました。先生になるのは、小学校の頃からの夢だったんです。年の離れた妹がいたこと、親戚にも幼い子が多かったことから、子どもと過ごすことが好きになり、将来は仕事にできたらと思うようになりました。
ただそんな夢も、理想と現実の前ではかすんでいきました。単に子どもと仲よく過ごすことが教師の仕事ではないということを、教育実習で痛感。事務仕事の量があまりにも膨大であることにも、理想と現実のギャップを思い知らされました。結局教師の道は諦め、一般企業への就職に舵を切ることにしたのです。

しかし教師の道以外となると、自分に何ができるか、皆目見当もつきませんでした。そこで友人に誘われるまま、金融、商社、サービス業と多くの業界の説明会に参加。その中でたまたま出会ったのがスギ薬局でした。
就職の“軸”を見いだせなかった私は、進路について悩んでいることを吐露。多くの企業はそこで「そうなんや。実はウチの会社はな…」と返してきたのですが、スギ薬局の担当者は「一緒に考えよう」と身を寄せてきて、私と正面から向き合ってくれました。私は、どんな仕事であっても、人間関係が楽しければ必ず仕事も楽しめると思っていたので、スギ薬局ならばきっと楽しく働けるだろうと思ったのです。これが私の入社の決め手となりました。

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職場の空気を変えていくために

1年目は大変でした。覚えることが多かったのもその理由ですが、一番は人との関係づくりでした。初めて配属された店舗には約20人のパートナーさんがいて、私の親世代の方も少なからずいました。私は社員ですから、新入社員であってもそのパートナーさんたちに指示を出さなくてはなりません。仕事を教わりつつ指示を出すという、とても困難なことをこなさなくてはならなかったのです。
関係を築くために自ら話しかけて間を縮めつつ、入り込みすぎないように適度な距離を保つことは簡単なことではありませんでした。そんな中で私を支えてくれたのはメンターの存在。スギ薬局には人事制度の一環でメンターという新入社員の悩みを聞いてくれる先輩社員がいて、店長には直接言えないような愚痴も含めて私の話に耳を傾けてくれ、肩の荷を下ろさせてくれました。遠慮なく何でも話せる人がいるというのは、社会人1年目の私にとって、本当にありがたいことでした。

パートナーさんたちとの関係づくりを評価していただいたのか、1年目の冬には次長として東豊中店に異動しました。
次長とは店長の右腕のような存在。店長が店舗全体に目を配って最終的な売上に対して責任をもつのに対し、次長の役目は現場の管理つまり“空気”づくりです。職場の人間関係をいかにスムーズにしていくかが、次長に問われることなのです。高校時代、バレーボールのムードメーカーを務めたときを思い出し、今度はスギ薬局というコートでのムードメーカーになろうと思いました。

今でも思い出すのは、ベテランのパートナーさん2人の仲がギクシャクしたときのことです。関係がうまくいかなくなったことで職場の空気は冷えていき、不思議と店舗の売上も下がっていきました。こうした状況を改善するために私は2人の間に立ち、営業終了後に3人で本音の話し合いを行いました。うまくやらなければ逆に火に油を注ぐことになりかねない、デリケートな対応でした。結果的にこの話し合いは上手くいき、次第に職場の空気も売上も元に戻すことができたのです。
このとき学んだのは、問題が起きたときはその根本的な原因を突き止めて解決しなくてはならないということ。「なんでやねん!」という思いを繰り返すことが解決につながると知りました。

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苦手だった“叱ること”に挑戦する

2年目の秋に店長を命じられたのは、衝撃的でした。なぜなら想定よりもあまりに早すぎたからです。学生時代の友人は「もう店長?」と驚いていましたが、一番驚いたのは私自身。少し背伸びさせることで成長を促すのがスギ薬局とはいえ、「本当にオレで大丈夫なのか?」というのが正直な思いでした。

店長になって気づいたのは、数字を伸ばすには職場の空気をよくするだけでなく、叱ることも必要だということです。耳当たりのいいことばかりを言っていてはだめなのです。
全体の仕事をよりスムーズに進めるために、ある作業のスピードを上げなければならないとします。しかしその作業を担当しているベテランのパートナーさんは「私はこのやり方でずっとやってきたから」と抵抗するかもしれません。「若い店長の言うことなんて」という視線もぶつけてくるでしょう。そんなときでも曲げることなく、叱ってでも指示に従ってもらわなくてはなりません。それが店長の仕事なのです。
ムードメーカーのポジションは得意だったのに対し、人を叱ることは私が最も苦手とすることでした。でも歯を食いしばって、叱るべきときは叱るという姿勢を貫きました。

そうした積み重ねの結果、店の売上は徐々に伸びていきました。店長の醍醐味とは、自分で店の目標を決め、自分が先頭に立って店を動かし、その結果が数字にダイレクトに表れることです。苦しいことでも結果が出てくるにつれて楽しみが生まれ、それはやがて店の全員が分かち合える喜びとなります。
異動で店を離れる際は、パートナーさんが笑顔で「ずっとこの店にいて欲しい」と言ってくれました。店長冥利に尽きる言葉でした。

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メンターとして、いつでも思いを受け止めてあげたい

店長として2店目となるのが、現在の店です。着任して日が浅いのですが、ここは以前の店の倍の売上を誇る大きな店舗。それ以上に特筆すべきはパートさんが極めて優秀であるということです。何でもできるパートナーさんばかりで、店長なんていなくても回るんじゃないかと、店長である私自身が思うほどです。
だからこそこの店に私の足跡をどうやって刻むか、大きなチャレンジとなるでしょう。パートナーさんと協力しつつ、私にしかできないことは何か、見つけていきたいと思っています。

最初の店舗でパートさんとの関係づくりに悩みもがいていた私を救ってくれたのは、メンターでした。どんな愚痴にも耳を傾け、受け止めてくれました。その恩返しではありませんが、入社3年目の今は、私がメンターを務めています。
心がけているのは、若い社員が私を必要とするときに、いつでも応えられるようにすること。愚痴をこぼしたい、話を聞いて欲しいと思うタイミングは人によって違いますから、どんなときでも向き合えるようにしたいと思っています。コロナ禍で対面の時間が取りづらいからこそ、電話だろうがLINEだろうが、すぐに応えられるようにしています。

小学校教師の夢は潰えたものの、次長、店長として経験を積むうちに、仕事を通じて人を育てる喜びを感じるようになりました。人と向き合いながら、人が伸びていく姿を見るのは、とても嬉しいものです。
将来は人事部など、人を採用し、育てる仕事にも挑戦してみたいと思っています。

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