SE出身のキャリアを活かして、新しい道を拓く。

SE出身のキャリアを活かして、新しい道を拓く。

このストーリーのポイント

  • 壁にぶつかっても自分を信じて乗り越えていく
  • 自分自身で働きかけ、望ましい働き方を創出してしまえばいい
  • 今は家族が“軸”。仕事と家庭の両立も、自分で望めば実現できる

会社の女性SE第一号としてスタート。大手顧客からの高い要求に応えることで鍛えられ、自分を成長させていった。当時の顧客からは今でも「戻ってきて欲しい」と言われるほどに。その後、営業支援という新しい職種を自分でつくりだし、成果を上げる。SEとしての技術スキルに加え、営業的な視点を身につけたことで、自分の幅は大きく広がった。産休・育休を経て復職。今は、仕事と家族の両方を楽しめる生活を送っている。

-profile-

A.F

東芝テック株式会社

東京支社 営業推進部 営業支援担当
2008年入社/環境情報学部卒

SEとして約8年のキャリアを積んだ後、営業支援としてプリセールスを担当。約1年半の産休・育休を経て復職。現在は、これまでの経験を活かして、営業支援に加え、システムのサポート業務を担っている。将来はマネジメントの道を目指したいと考えている。

女性のSE第一号を目指す

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大学1年から4年まで、毎日のように居酒屋でアルバイトをしました。お金を稼ぐというよりも、仲間と一緒に過ごす時間が楽しかったんです。チェーン店なのでお店には本部から明確な売上目標が課せられていて、経営が厳しかったときは、目標を達成しないと別のチェーンに売却されるかもしれないというピンチもありました。
このときはアルバイトのメンバーでミーティングを開いてどうすれば売上目標が達成できるかを話し合い、みんなで工夫して、なんとか目標をクリアできました。課題解決のために周囲を巻き込んで、チーム一体となって挑戦することの楽しさを体験できたと思います。
残念ながらこのお店はもうありませんが、あのときのバイト仲間とは今もつながりがあります。家族ぐるみで集まったりして、いい付き合いを続けています。

大学ではプログラミングを学んでいたこともあって、漠然と“IT業界に進むんだろうな”と思っていました。先輩にもSEが多かったです。一方で、社会に出たらおしゃれなオフィスで働くんだという思い込みがあり、ファッションを楽しみたかったから服装も自由でなきゃイヤだと決めつけていました。そんな私に先輩が「だったら、ここはどう?」と教えてくれたのが東芝テックでした。
もちろん学生でしたから、東芝テックなんて知りません。「ん? 何の会社?」と思ったのですが、聞いてみたらPOSの会社だとのこと。それで、アルバイト先の居酒屋で使っていたレジに“TEC”のロゴがあったのを思い出し「ああ、あれか」と一気に親近感を抱き、応募することにしました。
当時、そのレジにとても使いづらさを感じていて、アルバイト仲間にも不評だったから、私は問題点や改善点をレポートに書き出して、面接に持参したんです。面接官はとても驚いた様子でしたが「でも、これはずいぶん古い機種のレジだからね」と笑っていました。

当時の面接で聞かれたことで今も覚えているのは「当社のSEは全員男性だが大丈夫か」ということでした。私はまったく抵抗がなかったので「はい」と答えましたが、世の中、半分は女性なのにおかしいな、と思ったものでした。
今では多くの女性SEが当社では活躍していますし、面接で男女についてとやかく言うことは一切ありませんが、当時の私は“自分が女性SEの第一号になってみせる”と決心したのです。道を拓くというか、後輩のためにも私が先頭に立たなきゃって。
ただそのときは、まさか自分が子育てしながら働き続けることになるとは、想像もしませんでした。若い頃は、自分の将来なんてイメージできなくて当たり前ですよね。

上司に支えられ、お客様には鍛えられた

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SEとしてスタートして、担当することになったお客様は大手デベロッパー。同社のショッピングセンター内のテナントの売上げ報告を管理するシステムの提案から、導入、保守まで携わることになりました。
覚悟はしていましたが、想像以上にハードな仕事でした。とにかく仕事に対して厳しいお客様で、私の説明にちょっとでもロジカルさが欠けていると「ちゃんと理論武装してから来てくださいね」と追い返される始末。だから“絶対に負けたくない”と、説明のシナリオを何通りも用意し、入念な作戦を立ててから、説明に伺うようになりました。ずいぶん鍛えられたのは間違いありません。

今でも思い出すのは6年目のこと。3つのプロジェクトが同時進行していて、そのすべてのプロジェクトリーダーを任されたときです。とにかくリソース(人手)が足りなくて、しかも、納期が通常の半分程度と、圧倒的に時間も足りなかった。これは、当社が一度失注した案件から他社ベンダーが降りてしまい、当社に失注を取り戻すチャンスが舞い込んできたこと、また当社の担当者(当時の上司)の体調不良など、予期せぬことがいくつも重なったことによるものでした。
もちろん、だからといって納期に遅れるなんて許されないし、品質も絶対に妥協できません。そんな中でプロジェクトリーダーを任されることになって「無理でしょ!」と。お客様との打ち合わせにしても毎回30人ほどの関係者が集まって、私が場をコントロールしなくてはなりません。全員に納得してもらいながら話をまとめていくのは、とんでもなく大変でした。

プロジェクトメンバーの役割分担を明確にし、スコープ(作業範囲)も徹底的に明確化する。全力でプロジェクトリーダーとしての力を尽くし、それでもリソースが足りないところは私が自分の手を動かして開発を進めました。私を支えていたのは“負けたくない”という思いだったのは間違いありません。同時に、ひとり立ちしなきゃという使命感のようなものもありました。
入社以来、私が追いかけてきたのは尊敬する上司の背中。この上司には仕事の進め方、考え方、立ち振る舞いなど、あらゆることを教わってきました。今ここで私が折れてしまったら、この上司の期待を裏切ることになってしまう。このプロジェクトを乗り切ってひとり立ちすることが、一番の恩返しになる。そうした使命感も私の支えになりました。

同時進行だった3つのプロジェクトは、すべて成功しました。SEの仕事を離れてからも、あのときのお客様からは「Aさん、戻っておいでよ」と言われることがありました。数年たった今も、「AさんをSEに戻せないの?」と言われることがあると人づてに聞きます。
あのときはとにかく大変だったけれど、自分の仕事が認められたという喜びは、言葉には表しきれません。

自分のポジションは自分で確立する

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その後、私は自ら望んでSEの職を離れました。技術者としてのキャリアが途切れるんじゃないかという不安はあったのですが、それまでずっと仕事第一で全力疾走してきて、自分の人生と向き合ってみたくなったんです。そろそろ結婚もしたいと思っていたし。
そんな相談をしたら、会社は私のために“営業支援”というポジションを用意してくれました。私のわがままを聞いていただき、感謝しています。(別の支社には産休・育休を経てSE職に復職し、在宅勤務制度も利用しながら技術者としてのキャリアを積み重ねている女性もいると聞いています。)

私は女性SEの第一号でしたが、営業支援でも私が第一号。私のためにつくってもらったポジションでしたから、何をするか、仕事の内容も私が決めなくてはなりません。そこで私は自分から営業担当者に声をかけ、お客様への提案活動をサポートさせてもらいました。
新規案件獲得のためにプレゼンテーションの資料を作成し、営業に同行してお客様を訪問し、技術的な質問があればSEとしての経験を活かしてお答えする。そんな仕事を始めてみたら、これが想定外に楽しかったんです。SE時代は案件の受注後からが仕事でした。しかし、営業支援は受注までが仕事ですから、お客様のことを理解し、課題を調べ、お客様のために何ができるかを考えなくてはなりません。つまりお客様にとことん寄り添うことができるのが、楽しかったです。

育休中に聞いた話ですが、私の仕事ぶりを見て、SEの部署の中に営業支援と同じポジションをつくろうという話も出たそうです。私の拓いた道が評価されたんだと、とても嬉しかったです。

これからは家族を軸にしよう

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妊娠したとき、会社を辞めるという選択肢は頭の中にまったくありませんでした。入社時は将来のことなんてわからないって思っていたのに、いつの間にか仕事と家庭を両立させることは私にとって当たり前の生き方になっていたようです。たぶんそれは、仕事が楽しかったからです。
なぜ楽しいかというと、お客様に評価され、仲間と一緒に目標を達成する喜びを知ったから。アルバイト時代にも通じる感覚かもしれません。しかも、自分で自分の道を拓き、居場所をつくってきたのですから。
それに女性が家庭と仕事を両立することは今ではグローバルスタンダード。ママだからステップアップ出来ないなんてあり得ないと思っています。(自分がどうしたいか、が大事。)

当社には、法定を超える次世代育成支援制度があり、育児休暇は子どもが満3歳の誕生日まで取得でき、復帰後の勤務時間も5時間45分まで短縮することができる短時間勤務制度があります。
私は、子どもがまだ1歳のうちに、復職したその日からフルタイムで働くことにしましたが、まず明確に決めたのは「これからは家族を軸にしよう」ということです。それまでは明らかに仕事が軸だったのだから、私の人生の大きな転機です。仕事のために家庭を後回しにしない、家族と過ごす時間を大切にして、仕事も楽しもう。そう思えたからこそ、私はフルタイム勤務を選びました。

これからも、仕事とプライベートの両方を最高に充実させて生きていくことが目標です。海外旅行が好きなので家族ともっと海外に出かけたいですし、何歳になっても友人と遊びたいと思います。
今の時代、産休や育休、時短の制度は当たり前だと思いますが、そうした制度とは関係なく、自分のやりたいことを実現できるかどうかは、結局のところ、自分次第だと思います。だから私は将来も自分のために自分の道を開拓し続けていくつもりです。

<後記>
現在A.Fは経営企画部に所属し、事業戦略業務に携わっている。
経営にも関心があり、さらなるキャリアチェンジを図ったのだ。
また、社内のエンパワーメントを推進するプロジェクトの一員ともなり、経営と従業員の間の意識の橋渡し、自発的に考動・発信できるような組織づくりの一翼を担っている。将来、職場をマネジメントしていく立場になることを見据え、こうした経験も糧にしていくに違いない。

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