面白いとはなにか、日々、笑いに向き会う

面白いとはなにか、日々、笑いに向き会う

このストーリーのポイント

  • 子供の頃から良く視ていたお笑い番組の制作に携わりたいと入社
  • とことん突き詰めていくタイプ。今は笑い作りを極める毎日
  • 好きなことを仕事にする面白さと難しさも知る

テレビ番組の視聴者から作り手となって10年。これまで現場で数多くの経験を積み重ねてきた。その一つひとつが、今の自分を支えてくれている。途中幾度か挫折しそうな場面があった。その度に、「ここで負けてはいられない」と奮起。次は、プロデューサーを目指していく。

-profile-

武藤 由華

株式会社共同テレビジョン

第2制作部 演出・ディレクター
2009年入社/英語学科専攻

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学生時代は、スポーツと勉強を両立。「大好きなバラエティ番組を制作したい」と共同テレビジョンに入社。アシスタント・ディレクターを経て、ディレクターへ。今ではNHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」の演出を担当している。

趣味はお笑い。好きなことを仕事にと番組制作会社に

これまでの人生を通して最も打ち込んだのは、部活動です。何か壁にあたった時に、「あれほど苦しいことはもう二度とないのでは」と思い返してしまいます。当時は地獄のような日々でしたけれど、今思うと「良い経験をしたな」という気持ちになります。

もともと一旦始めると、とことんやり抜くタイプ。中学・高校では、毎日バスケットボール部の活動に明け暮れていました。いずれも強豪校ではなかったものの、毎日休みなく朝晩に練習していました。特に中学時代は、今では考えられないくらい厳しい顧問の先生でした。恐らく、私の忍耐強さはこの時に鍛えられたのでしょう。

大学時代も、サークルではなく体育会のバスケットボール部に入部しました。といっても、メンバーは常時10人ぐらい。存続するのも危いチームでした。周囲からは「変わった人だ」と思われていたかもしれません。授業中の課題や宿題が多い学部でしたから、「どうしてそこまで頑張るのか」と不思議がられていた気がします。もちろん、勉強にもかなり励みました。

そんな私にとって、最大の癒やしはテレビでした。なかでも、バラエティ番組は一番のお気に入り。どんな時でも笑顔になれるからです。趣味がお笑いと言っても良いほど。特に漫才が大好きでした。好きなお笑い芸人が出ている番組の全チェックはもちろん、お小遣いを貯めてお笑いライブを見に行き、DVDを買い、お笑い雑誌も買う…。当時はただただ好きだっただけですが、まさかそれを仕事にするとは思いもしていませんでした。しかも、初めて見に行ったルミネtheよしもとに出ていたのがお笑い芸人の木村祐一さん。まさに、今番組でご一緒させて頂いている方です。そう思うと、感慨深いですね。

実は、就職活動を始めた頃は、航空業界かテレビ関係のいずれかに進みたいと考えていました。航空業界のなかでも志望したのは、キャビン・アテンダント(CA)。その理由は、英語が話せて、飛行機が好き、そして海外の色々なところに行けることでした。受けてはみましたが、その場で空気が「自分には合わないな」と痛感してしまいました。

一方、テレビ関係でも制作の仕事をしたかったのは、お笑い芸人が好きだったという甘い考えからです。「好きなことを仕事にしたい」。それ以上の理由は考えていませんでした。実際、テレビ局も受けましたが、「制作をやりたいなら、やはり制作会社なのでは」という想いが徐々に高まっていきました。10社ほどエントリーしたでしょうか。そのなかで一番最初に内定をもらえたのが、共同テレビジョンだったんです。

「これでテレビ業界に入れる」「フジテレビの番組に携われる」「総合制作会社なのでチャンスが沢山ありそう」。もう、それだけ。内定をもらった瞬間、私は入社を決めていました。

ただ、父親は最初あまり良い顔をしてくれませんでした。テレビ業界というと激務のイメージもあり、昔気質の性格なので、「普通の企業に勤めたらどうだ」と良く言っていました。でも、最終的には私の気持ちを後押ししてくれました。

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情報番組を担当。その経験が今の自分の土台となる

配属先は第2制作部。念願通り情報・バラエティ、ドキュメンタリーなどのエンターテイメント番組を制作する部署でした。まずは、アシスタント・ディレクター(AD)からのスタート。ADというと世間では、連日連夜ハードなスケジュールに追われる仕事とイメージしているようですが、私は特に苦ではありませんでした。そういうものだと捉えていたからかもしれません。

それでも、正直言うと配属から3、4カ月ほど経った頃、「もう無理だ」と思ったことが一度だけありました。責任感が強い性格であっただけに、「上司や先輩から言われたことができない」「自分的にやれていない」「何も返せていない」と自己嫌悪に陥ってしまったことが理由です。結局、その日は「病気です」と言って会社を休んでしまいました。半日ほどぼうっとしていたでしょうか。今度は、そんな自分に耐えられなくなってしまったんです。「心苦しい」「負けたくない」という感情が込み上げて来て、次の日からは何もなかったように普通に働いていました。

ADを3年務めた後、次はディレクターに昇格。バラエティ番組を担当させてもらいました。ただ、当時はバラエティは冬の時代。制作の機会は多くなく、たまに特別番組がある程度。それを毎回同じチームのメンバーで作り上げていました。そうした日々が続いていくうちに、「このまま会社の中だけに留まって仕事をし続けていて良いのだろうか」という不安を覚えてしまったんです。変化を求めていたのかもしれません。上司と面談し、「環境を変えたい」とアピールしました。

嬉しかったのは、会社がすぐに新しい職場を用意してくれたことです。フジテレビに出向し、新たな情報番組『ノンストップ!』に携わることになりました。その番組では同じ年代のディレクターが多く、それぞれが別々の曜日を受け持つという体制。「絶対に負けられない」「早く認めてもらいたい」という気持ちが込み上げてきました。しかも、会社が私の背中を押してくれたのですから、その期待を裏切ることはできないという想いもありました。

ただ、そもそもディレクターとしての力量も経験値も足りない状態だったので、仕事はもうムチャクチャ大変でした。毎週リサーチや取材をし、台本を書き、VTRを作らないといけません。いずれも、誰よりも時間を掛け、面白いものを作り上げていくようにしました。もう無我夢中です。それでも、ダメ出しを数多く受けてしまう、厳しい現場でした。

だからといって、すごすご引き下がりたくはなかったので、「自分がどこに面白さを感じたのか」「何を伝えたかったのか」は必ずスタッフに説明していました。その度に、「こうしたらもっと伝わりやすい、面白くなる」とアドバイスいただきました。そうした経験の積み重ねが自分を成長させてくれたと思っています。毎日が目まぐるしく過ぎましたが、振り返ると楽しかったです。あの仕事は、私にとって大きな財産となるとともに、今の自分の土台を作ってくれたと感じています。

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番組作りの取りまとめ役に。笑いをどう演出するかを考え抜く

現在私は、「チコちゃんに叱られる」というNHKの番組で演出を担当しています。演出とは、簡単にいうとディレクターの取りまとめ役。1つの回を放送するために全体の内容を考え、台本を書き、取材をして収録し、編集をするといった番組作りの要。ディレクターの方々に指示を出したり、まとめていく仕事です。

この番組と出会ったのは、私にとって二つ目のターニングポイントであったと言って良いでしょう。笑いを作るのが、こんなに難しいのかとつくづく痛感させられました。「これ面白いでしょう」と言って出すのは簡単ですが、そう言わずに笑わせるのは大変です。「どうやったら、面白くなるか」といつも悩んでいます。何しろ、番組づくりに関して最終的なGOサインを出すのは、フジテレビで多数の人気バラエティ番組を手掛けてきた大御所。その方に「面白い」と思ってもらうのは、かなりのハードルでした。

それでも一回だけ、確かな手応えを覚えたことがあります。収録で出演者に見てもらう前にスタッフだけで試写をするのですが、試写をしている全員、取材の前に台本を詰めて、こういう台本で行くと分かっていても、大爆笑でした。演出や準備をしっかりして真に面白いものを作ると、ストーリーに組み込まれた笑いも自然に起きたと見せることができると学ばせてもらいました。

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目指すはプロデューサー。仕事と家庭の両立にもこだわりたい

気づいたら、テレビの世界に入ってもう10年。色々な人の言動や仕事の仕方を見ながら、自分なりの視点で良いところも悪いところも学び、仕事に活かしてきました。特に、共同テレビジョンは総合制作会社ということもあって、多彩なタイプの人が揃っているので勉強になります。「そう考えるのか」「そんな見方があったのか」と気づくことも多く、毎日が新鮮です。

今後目指していきたいキャリアは、私の原点ともいえるバラエティ番組のプロデューサーになることです。正直なところ、そこを目指すためにどうしたら良いかという方法論は、まだ決めかねています。もうしばらくは、演出の仕事で頑張ろうと思っています。周りの方々のキャリアの積み方を見たり、意見も聞きながら、ベストな方法を探っているところです。

ただ、一つだけこだわりたいことがあります。仕事は大事ですが、自分の人生も同じくらいに大事だと私は思っています。結婚もしており、子供をいつか産みたいです。そうなった時でも、もちろん仕事と家庭を両立させたいんです。実際、社内にはお子さんを育てながら、番組づくりを続けているロールモデル的な先輩女性が沢山います。私も納得できるキャリアプランを実現するために、土台作りを続けていきたいです。

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