前を向いて、いつでも全力投球。そんな自分も知らない“私らしさ”を引き出すことに。

前を向いて、いつでも全力投球。そんな自分も知らない“私らしさ”を引き出すことに。

このストーリーのポイント

  • 建物と長期的に関わっていける仕事に興味を抱いて日本管財に
  • 1年目から責任ある仕事を任され、壁を越えながら成長する
  • 周りの期待に応えたいという思いが原動力

大都市のもつ活力に惹かれるように東京へ。1年目から、高い壁を乗り越えようと背伸びすることで力をつけてきた。根底にあったのは、負けたくないという強い思い。今は橋本の放つ活力が人を惹きつけ、職場を動かすエネルギーとなっている。

-profile-

橋本 佳奈

日本管財株式会社

業務統轄本部 本社第3本部 管理グループ
2018年入社/人文学部法経政学科卒

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山形県出身。学生時代から東京へはよく遊びに来ていて、「卒業後の就職は東京で」と決めていた。人事の担当者の人柄に惹かれて日本管財への入社を決める。入社以来本社第3本部管理グループに所属し、ビルの管理・運営を行う部門のサポート役を務める。社内の誰もが認めるポジティブキャラ。

「建物と長い時間向き合う仕事に魅力を感じて」

学生時代に最も打ち込んだのは、勉強でした。私は行政学を専攻。ゼミのフィールドワークでは公共の建物の運営を民間企業が請け負っているケースを見たり、郊外のショッピングモールになぜ人が集まるかを研究したりしました。街づくりや地域活性化に興味があり、制約の多い行政ではできることにも限界があるのに対し、民間企業なら利益を出しつつスピーディーかつアグレッシブに街づくりを進められると感じました。
行政学の専攻ですので周囲は公務員を志望する仲間がほとんどでしたが、ゼミでの経験から、私は民間企業で仕事をしたいと思っていました。

当時から東京には時々遊びに来ていたので、東京の活力は肌で感じていました。ゼミの先生の「100人に1人のマイノリティでは何も起きないけれど、1000人に10人のマイノリティがいれば何かが起きる。それが都市の活力」という言葉も、強く印象に残っています。
だから就職するなら東京と、早くから決めていました。両親も「一度は東京で暮らすといい」と私の選択を応援してくれました。

日本管財を知ったのは、大学で行われた合同セミナーでした。街づくりに興味があったので不動産関連企業を中心にブースを回っていたところ、そのうちの1社が日本管財だったのです。話を聞いて、建物を建てるだけ、売るだけ、仲介するだけではなくて、数10年という長い間建物としっかり向き合っていく仕事ということに惹かれました。
何よりも決め手となったのは、私より2つ上の採用担当者。何を質問しても真摯に答えてくれ、マイナスな点についても「これは今後の改善点」と隠さずに話してくれました。その誠実な姿勢に感動し、自分もこういう先輩のような社会人になりたいと思ったのです。
日本管財に入社してその先輩に再会したときは嬉しかった。先輩も私の入社をたいへん喜んでくれました。

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「電話が怖かった。だからあえて人より早く取った」

東京で就職したら都心に住みたいと夢見ていたのですが、家賃を見れば地元と比べ物にならないくらい高かったです。それでも会社まで電車で乗り換えなしで10数分のところに借り上げ社宅を用意していただきました。ありがたかったです。
入社後、2週間の座学研修を受けてから、2ヵ月半の現場研修が始まりました。これは日本管財が実際に管理している物件に赴いて、現場で日々の管理業務を体験するというものです。これが本当に楽しかったです。
現場は日比谷のオフィスビル。実際に作業着を着て、設備管理の仕事を体験しました。一般の人は立ち入り禁止のドアを開けて、ビルの“裏側”を見てまわるのは、とてもワクワクしたものです。受付業務も体験させてもらいました。現場の皆さんはとても優しくて、新入社員の私に丁寧に仕事を教えてくれました。

現場研修が終わって配属されたのが、本社第3本部管理グループです。物件について管理・運営を行うのが本社第3本部。いわば“稼ぐ部隊”です。管理グループはそのサポート役として、売上や原価、利益等の管理、予算と実績の管理、コンプライアンス上のチェックなどを行います。
完全にデスクワークで、電話でのやりとりが中心です。その際、現場研修で体験したことが役立ちました。というのも具体的な作業のことが話に出ても、その内容がイメージできたからです。協力会社さんから点検作業の請求書が回ってきたら、その内容が想像できるので、場合によっては「この作業でこの金額には違和感がある」と気づくこともできるわけです。

とはいえ、配属されて最初の頃は緊張するばかり。仕事がわからない、電話の相手もわからない、それどころか社内の人の名前すらわからないという状態。電話を取るのも怖かったです。でも、だからこそ私はあえて誰よりも早く電話を取ることに決めました。

どうせやるなら人には負けたくないし、全力投球したい。そんな今まで気づいていなかった私らしさは、この頃からでした。

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「期待されている、認められているという思いがエネルギーに」

1年目の秋、大きな壁にぶつかりました。

先輩の仕事を私が引き継ぐことになったのです。「まさか自分が」と思いました。でも迷ったり悩んだりして時間を無駄にしては、“稼ぐ部隊”に迷惑をかけてしまいます。とにかく引き継いだ仕事をこなすためにがむしゃらに取り組みました。
もちろん1年目ですから、わからないことばかりです。そんなときは遠慮せずに、わかる人を質問攻めにしました。部署の垣根を越え、他の部署の人にも教えを請いに行きました。嬉しかったのは、一度も「今忙しいから」「前に一度教えたはず」と断られなかったことです。誰に質問しても、みんな仕事の手をいったん止めて、私と正面から向き合って丁寧に教えてくれました。先輩方には今も感謝しています。

おかげでこの壁を何とか乗り切ることができ、気がつけば自分にも知識がついていて、成長できました。自分の未熟さに、最寄り駅に帰ってから夜空を見上げて涙をこぼしたこともあったけれど、成長の実感は私の大きな自信となりました。
ところが2年目の秋にはさらに高い壁が私を待っていたのです。今度は上司が異動し、その分の仕事も私が引き受けることになりました。

キャリア10年の上司の仕事ですから、その重みはそれまでの仕事とは比較になりません。それでも私は負けたくなかった。2年目の私には重すぎると感じる仕事だったけれど、絶対に投げ出さずにやってみせると思ったのです。そしてこの壁もなんとか乗り越えることができました。
私自身、自分がこんなに負けず嫌いだったとは思っていなかったし、苦しいときほど力を出せるタイプだとも思っていませんでした。仕事の負荷がかかったことで、図らずも自分でも気づいていなかったポテンシャルを引き出すことができたのかもしれません。

3年目の今も、引き続き上司から引き継いだ仕事を担当しています。自分で望んだわけではないですが、「3年目でこれだけの仕事ができるなんて」という言葉をもらうと、やはり嬉しくなります。自分の存在を認めてもらえる喜びは、仕事の一番のモチベーションです。私は裏方で、“稼ぐ部隊”は当社の花形。その皆さんから「橋本さんのおかげ」「いつも助かっています」と言われると、頑張ってよかったと思います。

辛いときでもとことん前向きでポジティブ。私のそんな持ち味は、これからも大切にしたいと思います。

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「後輩のために道を開いていきたい」

現在、管理グループのメンバーは私を含めて4名です。一番この仕事の経験が豊富なのは私で、一番年下も私。つまり年上の3人に仕事を教えることも私の役目です。
大変ではあるけれど、人に教えることが自分の成長につながるのは間違いありません。かつて私自身がそうされたように、質問を受けたときは仕事の手を止めてきちんと正面から向き合い、答えるようにしています。

私が一番経験豊富とはいっても、正直、まだわからないところがたくさんあります。例えば勤怠管理についてもきちんと勉強したいし、簿記の資格も取りたいと思っています。それで管理部門としての自分の専門性を磨くと同時に、管理グループ全体のレベルアップにもつなげたいと考えています。

日本管財では、公共施設を民間のノウハウで運営するPFI事業に力を入れています。私が大学のゼミのフィールドワークで学んだ事業です。とても興味のある分野なので、いつかは私も携わってみたいですね。そんな長期的な希望も芽生えてきました。

この先、さらなる高い壁にぶつかったり、結婚、出産という経験したことのないライフイベントもあると思います。悩むこともたくさんあると思いますが、どんな未来が待っていても、期待には必ず応えたいし、負けたくないという思いは、これからもずっと変わらないでしょう。

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