できるまで、やり抜く。根づいているのは、そんな強いスピリット。

できるまで、やり抜く。根づいているのは、そんな強いスピリット。

できるまで、やり抜く。
根づいているのは、そんな強いスピリット。

このストーリーのポイント

  • ゼロからのスタートで、新しい市場の開拓に挑む
  • 「できる、できないじゃない、やるんだ」と信じる
  • 組織のさらなる成長のために、管理職として挑戦

航空宇宙という新しい事業領域の開拓に挑み、結果を残してきた。今は自ら立ち上げたビジネスを、責任者としてリードする。自分で考え、行動する姿勢が、成長へのエネルギーを生み出している。

PROFILE
株式会社阪神メタリックス

近藤 祐輔

航空宇宙事業部 部長

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経済学部経済学科卒。2011年入社。明石支店を経て、新市場開拓のミッションを担って航空宇宙事業部に異動。2024年に部長に昇格。約10名の部下を率い、さらなる事業拡大を目指している。

社長の熱いメッセージに惹かれて

学生時代はドリフトが人生のすべてでした。ドリフトとはタイヤを横滑りさせながら自動車を操るテクニックで、私は懇意のカーショップで知り合った仲間たちとサーキットで技を競い合いました。控えめに言って最高でした。ドリフトにはスポーツの要素もあり、技を磨くことで自分が成長していく喜びも味わえます。先のことなど何も考えず、今この瞬間を極限まで楽しみたいという、そんな気持ちで日々を過ごしていました。

とはいえ、さすがに大学4年生の後半ともなると、何も就活をしていない自分に対して焦りのような気持ちが生まれてきます。
私は工業高校出身でしたのでものづくりに関心がありました。しかし、それまで阪神メタリックスという会社など、聞いたこともありません。そこで見つけたのが会社のサイトに紹介されていた「人生をともに語り合える仲間と仕事がしたい」という社長の言葉。ドリフトで青春時代を燃やし尽くした私に、これはグサリと刺さりました。“ここしかない”と思った瞬間でした。

打ち込んだことが評価されたためだと思います。ドリフトなら誰にも負けないという自信もつきましたし、一度決めたら投げ出さずにとことん究めようとする姿勢を認めていただいたのではないでしょうか。
また、学生時代はお好み焼き屋さんや介護施設の職員のアルバイトを経験しており、幅広い年代の人々と接することで、コミュニケーション力が磨かれたと思いますし、元来、様々な人と話をすることは好きでした。こうした点も、営業職に向いていると評価されたのではないかと思います。

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高い参入障壁に挑み、道を開く

入社して明石支店に配属され、特殊鋼の提案営業に携わりました。もちろん何も知らないゼロの状態からのスタートでしたから、営業は簡単ではありませんでした。基本は既存のお客様へのルート営業ですが、新規開拓も行いました。しかし、思うような実績を挙げることはできません。正直に言って“辞めたい”と思ったことも、一度や二度ではありませんでした。
そんな中で踏みとどまれたのは、やはり会社の雰囲気、カルチャーが好きだったからです。当社には「現状維持は後退であり、常に挑戦を続けて進化していかなくてはならない」というスピリットが根づいていて、誰もがいつも新しい一歩を踏み出そうと努力し、前のめりに仕事に打ち込んでいます。上司も私に対して「前を向いて進むしかないだろう」「できることをすべてやってみよう。悩むのはそれからだ」と背中を押してくれました。
「まずやり切れ」というチャレンジングな風土は、当社の大きな魅力であることは間違いありません。

そんなふうに営業としてもがきながら試行錯誤を続ける中、転機となったのは航空宇宙産業の開拓に成功したことでした。この市場は非常にハードルが高く、新規で参入するのは決して簡単ではありません。私は「できる、できないじゃない、やるんだ」と自分に言い聞かせ、この高い参入障壁に挑みました。もちろんそのつどはね返されるのですが決してあきらめることはなく、何度でも挑戦を続けました。
先方に対して阪神メタリックスならばいかに魅力的な提案ができるかを訴え続け、ヒアリングを重ねてニーズを掘り起こし、さらに次の提案を行うという繰り返しでした。その結果、3年がかりでようやく受注することに成功したのです。
当社グループがDNAとして掲げる「出来るまで考え抜け 世のために、成し遂げるまで」の言葉そのままの取り組みでした。

こうした成果が認められたのか、明石支店から航空宇宙事業部の設立と異動が決まりました。本社部門です。結果を出せば正しく評価されることも、当社の魅力の一つです。
異動してからは、経営陣との距離もそれまで以上に近くなりました。特に社長は私の顔を見かけると「今はどんな感じ?」と気軽に声をかけてくれます。それに対して自分の考えや構想を遠慮せずにお話しすると、社長は「じゃあ、それで進めてくれ」「そこはこんなふうに修正してほしい」といった具合に、すぐに判断を下してくれます。このスピード感があるから、私たちもフルスロットルで前へ進めるのだと思います。

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視点は世界に、さらなる成長へ

本社の航空宙事業部の設立は嬉しかったのですが、一方で明石支店時代のお客様をすべて後輩に引き継いできたため、取引先を新たに開拓するところから始めなくてはなりませんでした。それはプレッシャーではありましたが、私としては新しい挑戦が始まるという気持ちのほうが強かったです。
ビジネスの対象は、航空や宇宙といった市場のお客様。新規参入する立場としては簡単ではなかったですが、しかし、自分が考えた提案が採用され、どんどん売上が伸びていく感覚は嬉しかったです。
基本となるのは人脈で、人づてに紹介していただいたり、航空宇宙関連のセミナーに参加したりして、キーパーソンとの接点を築いていきました。そのとき活きたのは、私の持ち味でもあるコミュニケーション力です。相手のことを思い、相手のプラスになる提案をすることでWin・Winの関係を築いていくことには、まさに営業ならではの醍醐味がありました。

2024年に航空宇宙事業部の部長に昇格しました。新しい市場を開拓する、その責任者になるという2つの目標を達成したわけです。このビジネスの立ち上げに携わってきた自分としては、成果が認められたことで、一区切りついたような感覚でした。
もちろんここがゴールではありません。新たな出発点です。
ミッションはとにかく売上を拡大させ、事業を成長させていくことに尽きるでしょう。今後は新たな拠点づくりも含め、さらなる成長に向けた投資のフェーズに入ると考えており、大胆に攻めていこうと思っています。まさにアクセル全開です。

航空産業、宇宙産業は、巨大なビジネスです。社会に与える影響も大きく、このスケール感が一番の魅力でしょう。
しかも日本国内だけでなく、ものづくりのために世界中のメーカーが国境を越えて協力しなくてはなりません。つまりグローバルなサプライチェーンが不可欠です。そんな大きな市場でプレーヤーとして活躍できることは、大きな喜びです。しかも市場自体は年2%で成長すると予想されており、今後ますますスケールアップしていくことになります。
現在の最大の課題は、マンパワーが十分でないことです。つまり人手が足りていません。事業の責任者として私はこの課題の解決に取り組んでおり、ぜひ大勢の皆さんにこのビジネスに参画していただきたいと考えています。

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個人ではなく、チームで支え合うカルチャー

部長としての私のスタンスは、営業方針の大枠は決めて、実際の動き方は部下の自由に任せることです。成果を最大化するにはスピード感が必要ですので、自分で考え、自分で判断し、自分で行動することを大切にしています。もちろん私自身もそうすることで成長してきました。
一方で、会社全体で取り組んでいるのが、組織としての知識・知見の共有です。ノウハウを個人のものにせず、会社全体で共有することで、お互いに助け合い、支え合うこともできるでしょう。商社の営業とは個人プレーが多いように思われがちですが、阪神メタリックスは決してそんなことはありません。チームワークを大切にし、全員が協力して成長していこうとする姿勢があります。個人ではなくチームで──そんなカルチャーはとても心地よいものです。

当社では、文系や理系といった専門性は関係ありません。大切なのは、先ほども触れたように、できるかできないかではなく、“やるんだ!”と思うことです。その根底にあるのは、情熱です。
やはり一つのことに打ち込んだ人は情熱に満ちていますし、目がイキイキとしています。そんな方が入社してくれたら、まずは基礎をしっかり教えた上で、自由に挑戦していただきたいと考えています。

社会人になってさすがにドリフトはやらなくなりましたが、最近はバイクを楽しんでいます。バイクは単に目的地に移動するための手段ではなくて、移動そのものを楽しめるツールです。スポーツ感覚で体を動かせる点も面白みです。
何よりも、車では行けないところにも自由に行けるところが大きな魅力です。そんなシンプルな自由さは、自分によく似合うと感じています。

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