特別な存在ではなかった自分が阪神メタリックスで手に入れた特別な人生。
特別な存在ではなかった自分が
阪神メタリックスで手に入れた特別な人生。
このストーリーのポイント
- 内定時から採用業務に携わることができた
- 人の気持ちを読むことを大切に、営業成績を伸ばす
- 自分より優秀な人材を採用し続ける
大きな裁量を持たせてくれることに惹かれて入社。自由に伸び伸びと、自分らしさを大切に取り組んだことで、大きな成果を残すことができた。やりがいのある仕事と幸せな家庭。その充実した歩みを振り返る。
株式会社阪神メタリックス
三浦 萌高
京都支店 支店長

健康科学部心理学科卒。2019年入社。入社後、京都支店に配属され、一貫して営業と採用業務に従事する。2023年に当時最年少で支店長に昇格。公私ともに充実した人生を送っている。
「やりたい」という熱意を信じて任せる企業
学生時代、私の隣にはいつも彼女がいました。2回生から付き合いだし、たくさんの思い出を一緒に刻んできました。彼女とはそのまま25歳で結婚。今では子供もいます。
そんな彼女も、私が新卒で阪神メタリックスに入社すると決めたときには「聞いたこともない会社だし、やめてほしい」と反対されたものでした。
就活の軸は、成果が公平に評価されること、福利厚生が充実していること、そして大きな裁量を任せてもらえることの3点でした。中でも重視したのは“大きな裁量”で、業種・業界にこだわりはありませんでした。
私が熱望していたのは、採用業務です。というのも、様々な企業と接する中で、採用担当者の印象次第で企業への評価が大きく変わることに気がついたからです。採用マーケットでは、担当者の振る舞い一つで企業価値が左右される──。そんな仕事に大きなやりがいを感じ、採用業務に挑戦したいと思いました。
しかし、ほとんどの企業は入社後のローテーションが前提で、いつ採用業務が担当できるか、わかりません。そんな中で阪神メタリックスだけが「やっていいよ」と即答してくれたのです。
阪神メタリックスとの出会いは、ある就活イベントでした。様々な企業の採用担当者が居並ぶ中、阪神メタリックスの担当者は群を抜く存在感を放っており、私の目には輝いて映りました。その担当者が初対面の私に向かって「君は当社に来るべきだ」と断言してくれたことにも驚かされました。
当時、銀行や外資系企業なども受けていたため、名の通った大手企業なら親も安心するでしょうし、聞いたこともない中小企業に行くなんてリスキーじゃないかと悩みました。そんな私の迷いを断ち切ってくれたのが「そんなにやりたいなら、好きなように採用業務をやっていいよ」という言葉だったのです。
この言葉は真実でした。同期入社4人で、入社前にもかかわらず採用活動に参画することになったのです。内定者でありながら次の新卒社員の採用活動を任せられ、費用についても自分たちの判断で自由に使わせてくれました。
そんな私を見て、「聞いたこともない会社だし」と案じていた彼女も、最終的には「そこまで言うなら」と私の決断を応援してくれました。

手を差し伸べ、助け合うカルチャーがある
配属されたのは京都支店です。研修を受けて営業としてひとり立ちして、すぐに大きな商談をまとめるなど、好調なすべり出しでした。そのお客様は競合他社が圧倒的に強くて、阪神メタリックスがなかなか入り込めずにいたお客様でした。その固い扉をこじ開けようと先輩方は苦労を重ねてきました。
営業において何よりも大切にしているのが、お客様が何に困っているか、どんな潜在的なニーズをお持ちなのかを察する力です。何げない会話の中から最適解を見つけ出すことが商談につながっていきます。もともと私は、大勢で会話していても「この人はなぜこう発言したのだろう」「どうして一瞬イヤそうな表情をしたのだろう」と言葉の裏の意図を読むクセがありました。その力は、大学で専攻した心理学によってさらに磨かれたと感じています。
新人時代のこの成果によって会社は「彼は自由にさせた方がいい」と判断してくれ、私も自分の好きなように行動するようになりました。もともと阪神メタリックスはトップダウンではなく、ボトムアップのカルチャーを持つ会社です。社員それぞれが自分の得意なスタイルで伸び伸びと行動する裁量を持たされています。
一方で、単なる “個人商店”の集まりではありません。困ったときには誰かが必ず手を差し伸べてくれますし、有益な情報があればチーム全員で共有します。この社風は、私にとってたいへん心地よいものです。
2年目の私は1年目より大きな売上を達成しましたが、営業順位は下がってしまいました。それだけ他のメンバーが好調だったわけです。個人が突出しているのではなく、全員が切磋琢磨して成長していく、そんなチームであることの証しです。

支店長就任で得た、経営者としての視座
阪神メタリックスには、キャラの立った個性的な社員が多く在籍しています。学生時代に起業したり、スポーツで日本一になったりと、尖った人材も多いです。その中で私は特に目立ったところのない人間であると自覚しており、そんな凡庸な社員でも新人時代から大きな成果を挙げることができたというエピソードは、採用活動において多くの就活生の皆さんに共感していただけているようです。身近にいる“隣の先輩”的な存在なのでしょう。
採用において私が唯一の基準としているのは、“自分を超える人材”であることです。自分より優れた人材が入社して活躍してくれることで会社はさらに成長していきますし、想定を超える成長をしてくれると、心の底から嬉しくなります。その姿を見れば私も後輩には負けられないと思います。いい刺激を与えてもらっています。
入社5年目に京都支店の支店長に昇進しました。同期入社の中塚宰昇との共同責任者という位置づけです。
実は京都支店はずっと赤字で、中塚と2人で何とか黒字化させようと奔走してきました。初の黒字化を達成したことで当時の京都支店の支店長が別の支店を立て直すために異動することになり、その後を中塚とともに引き継いだ形です。
営業担当者から支店長へと立場が変わったことで感じるのは、人を育て、支えることの難しさです。それまでは自分の数字だけを考えて行動すればよかったですが、今はそうはいきません。常に部下に目を配り、ときには細かくフォローしながら成長へと導いていくことは簡単ではありません。それだけに京都支店全体の売上が伸びると、全員の成長が感じられて嬉しくなります。
支店長になって、視座が高くなったことは実感しています。京都支店の取引先は難易度の高いところが多く、結果を出すには営業としての効率性を考えなくてはなりません。どのお客様にどれだけのリソースを振り分けるかは支店長としての重要な判断です。これは完全に経営者の視点での発想です。
こうしたことは社長から特に教わったわけではなく、自分の考えで進めています。ボトムアップの風土は私の新人時代から変わらず、今も良い意味で“放任”されていると感じます。

どれだけの人を幸せにできるだろうか
現在会社は新たな支店の開設計画を進めており、共同責任者の中塚が支店長として着任する予定で、その準備に忙殺されています。開設と同時に京都支店の取引先の過半が新支店に移管される予定なので、現在の売上をキープするために、いかにしてその穴埋めをしていくかがこれからの私の課題です。また、遠方のお客様のもとへ出張することが多いため、営業所の設立も視野に入れなくてはなりません。
当然、人材の育成も必須です。自分を超える“次の支店長”を育てることが、最大のミッションです。
人材採用において私が変わることなく軸としているのが「阪神メタリックスに入社することで、この人は幸せになれるだろうか」という判断です。もし他社に行った方が幸せになれると感じたら、絶対に当社への入社を無理強いすることはありません。心の底から他社を勧めます。本人にとっての最適解を最優先することは、これからも変わらないでしょう。
社長は「人生とは、どれだけの人を幸せにできるかというゲームだ」という哲学を持っています。だから私も、目の前の学生をどうしたら幸せにできるかを考え、もっともいい方向へと背中を押しています。
25歳で彼女と結婚し、子供が生まれて、マイホームも建てました。大きなライフイベントを20代ですべて成し遂げた感覚です。いい大学を出たわけでもなく、特別なスキルを持っているわけでもない私がこれほど充実した人生を送れているのも、阪神メタリックスを選んだからなのは間違いありません。
入社に反対していた彼女も今では「いい会社に入ってくれたおかげで、幸せになれたね」と子供を抱っこしながら笑っています。

