都会で迷い続けた僕が、地元で見つけた自分らしく成長できる仕事とは──JA新潟かがやきで働く理由
都会で迷い続けた僕が、地元で見つけた自分らしく成長できる仕事とは──JA新潟かがやきで働く理由
このストーリーのポイント
- 未経験でも挑戦できる環境があり、人に向き合う仕事を通して、自分の価値と成長を実感できる
- 売るためではなく、寄り添うために動く。その姿勢が信頼となり、やりがいと成果につながる
- 支え合う風土と手厚い育成。長く安心して働くことができ、次世代へと想いをつなげられる
東京で複数の仕事を経験しながらも、「ここで一生働きたい」と思える場所に出会えなかった。そんな彼が地元・新潟に戻り、未経験から飛び込んだのがJA新潟かがやきでした。金融や共済の知識ゼロ、不安だらけのスタート。それでも、人に寄り添う仕事の中で少しずつ自信を積み重ね、気が付けば県内トップの実績を残すまでに成長します。支え合う職場の風土、育成に本気で向き合う仲間、そして何よりお客様の「ありがとう」。迷い続けた末に見つけた、自分らしく働ける場所と仕事の意味を語ります。
新潟かがやき農業協同組合
T.Y
坂井輪支店渉外課
2019年中途入組

新潟県で生まれ育った。人と向き合うことに真摯で、相手の気持ちに自然と寄り添える性格。東京で複数の仕事を経験しながらも、自分に嘘のない働き方を求め続け、地元・新潟で新たな一歩を踏み出した。未経験分野にも臆することなく挑戦し、不安を抱えながらも周囲の助言を素直に受け入れ、努力を積み重ねてきた姿勢が印象的である。成果を自分一人の力と捉えず、支えてくれた仲間や師匠への感謝を忘れない謙虚さも持ち合わせている。お客様の笑顔を自分の喜びとし、その信頼に応え続けようとする誠実さこそが、彼の最大の魅力だ。
東京での転職経験と、JAを選んだ理由
僕は、JA新潟かがやきに入組するまで、東京で多様なキャリアを経験しました。どの仕事も楽しく刺激的ではあったのですが、「ここで一生働きたい」と思えるものではありませんでした。最初に入社したのは、テレビ番組の制作会社です。忙しく、月に2~3回ほどしか家に帰れない生活が続き、将来が見えなくなりました。次に勤めたのは、海外向け観光雑誌の広告営業。零細企業で、60歳まで働く姿を想像することができませんでした。そこで、もともと教員免許を持っていたもののブランクがあったため、感覚を取り戻そうと学童クラブの先生になりました。いずれも在籍期間は短く、2年、2年、1年ほどでした。
さまざまな仕事に就く中で、転職活動の軸として大切にしていたことがあります。それは、「直接人の心を動かし、反応を得られる仕事がしたい」という想いです。とにかく人と関わるのが好きで、「多くの人と出会い、人の心を動かしたい」。その気持ちに尽きました。
帰郷を考えたきっかけは、千葉で単身赴任を続けていた父が定年を迎え、「新潟に帰る」と言い出したことです。それを機に、僕も地元で腰を据えて暮らそうと考えました。JA新潟かがやきの求人は、転職サイトで見つけました。「新潟」と「仕事」で検索したところ、トップに表示されたのです。大げさかもしれませんが、「これは運命かも」と感じました。「農協ってどうなんだろう」と周囲に相談すると、「組織として安定しているし、職場の雰囲気も温かそうだから良いのでは」と背中を押してもらい、応募を決めました。
ただ、実家は農家ではなく、周囲にもJA関係者はいなかったため、JAがどのような組織なのか明確なイメージは持っていませんでした。正直に言えば、「農家の皆さんのための団体」という程度の認識でした。しかし、調べれば調べるほど、「JAなら自分に合う場所が見つかるはずだ」と思うようになりました。これまでの職歴では一つの職種しか経験できませんでしたが、JAは総合商社のように、金融・共済・人事・総務・営農指導・経済・車両センターなど、実に多彩な仕事があります。将来性や安定性、地元で働ける点も大きな魅力でした。
とはいえ、異業種からの挑戦です。金融や共済の知識が不足しており、正直に言えば不安しかありませんでした。眠れない夜もあったぐらいです。それでも最終的には、「運命的な出会いなのだから、とにかく挑戦してみよう」という想いが勝りました。
東京で何度も転職を重ねる中で、「自分には何が合っているのか」「何をしたいのか」が見えないままでした。「今度こそ見つけたい」「JAなら、その答えが得られるのではないか」。そんな気持ちで入組を決めました。

未経験から挑んだLAの仕事と成長の日々
入組後は、ライフアドバイザー(LA)として、共済(保険)商品の推進・提案、安心してご利用いただくための保全業務、集金業務を担当しました。
「共済商品の推進業務を担当してほしい」と言われたときは、正直「これは大変そうだな」と感じました。ただ、最初の2~3か月は、同じ支店のLAの大先輩方に同行していただき、仕事の進め方を丁寧に教えてくださったので、とても助かりました。その後、一人で営業に出るようになりました。緊張でいっぱいでしたが、幸運にも早い時期に一件契約をいただくことができ、「これならできるかもしれない」という手応えが自信につながりました。
最初のお客様は、70歳くらいのお爺さんでした。「雪害がひどいのに共済金が少ない」とお話しされていたため、「契約を切り替えれば、掛金を大きく変えずに保障を手厚くできますよ」とご提案し、ご契約いただきました。とても嬉しかったですね。その後しばらくは建物保障を中心に扱い、徐々に契約も安定して取れるようになりました。
もちろん、いつも順調だったわけではありません。提案が上手くいかないことも多々ありました。その度に先輩方が「こんなやり方もあるよ」「次はこうしてみたら」と親身にアドバイスしてくれました。また、訪問件数が多く疲れ切って戻る日には、「たまには飲みに行こう」と声を掛けてくれることもあり、その温かさに何度も救われました。
中でも、師匠の存在はとても大きなものでした。本店配属のLAトレーナーで、マンツーマンで指導してくださり、「次はこの方に提案したい」と相談すると、商品選びから話し方まで細かく助言し、時間を惜しまず同行してくれました。3年ほどご指導いただき、提案ノウハウやコミュニケーションの基本を徹底的に学びました。この支えがなければ、実績を上げることはできなかったと思います。現在は別の支店で課長職に就かれていますが、今でも悩みがあれば相談に乗ってくださいます。

人に寄り添う仕事を通じて得た本当のやりがい
前職の広告営業は、企業を相手にするBtoBの仕事でした。一方、JAでの渉外活動は、地域の方々を対象とするBtoCです。老若男女、さまざまな方と出会い、その暮らしを豊かにすることがJAの理念です。そのため、「その人のために」という気持ちで行動することが何より大切になります。企業相手ではどうしてもビジネスライクになりがちでしたが、JAではお客様に寄り添う姿勢が基本です。共済を売るために訪問するのではなく、「お元気ですか」「最近どうですか」と声を掛ける感覚でした。
特にご高齢の方にとって、僕はちょうど孫世代。新潟弁を交えながら、祖父母と接するような気持ちで対応していました。幸いにも仕事を理解すればするほど、やりがいを実感できるようになりました。お客様から「ありがとう」「あなたがいないと困るよ」と言っていただける機会が増え、前職とは比べものにならない喜びを感じました。
印象に残っているのは、がん共済をご提案したお客様です。後日、その方ががんを患われ、共済金の手続きでご連絡をいただいた際、「あの時勧めてくれて本当に助かった」と言ってくださいました。自分の行動が誰かの支えになる。その実感は、何にも代えがたいものでした。

支え合う風土と、安心して成長できる環境
気が付けば、入組して7年目。これまで経験した3つの仕事の合計年数よりも長くなりました。ここまで続けてこられたのは、JAの風土と働きやすさのおかげです。職場の雰囲気が良く、部署を超えて相談しやすい環境があります。忙しい中でも皆さん必ず返答をくれ、壁の低さと人間関係の温かさを日々感じています。
もう一つの魅力は、未経験者でも早期に活躍できる育成体制です。習熟度に応じた研修が整っており、組織全体で人を育てようという姿勢があります。トレーナーや上司、先輩方は、業務面だけでなくメンタル面にも気を配ってくれ、多くの言葉で支えてくれました。
そのおかげで、入組2年目を迎える頃には「この仕事を続けていける」という自信を持てるようになりました。そして5年目、共済部門で新潟県総合1位となり、壇上で表彰された瞬間、その自信は確信へと変わりました。支えてくれた皆さんへの感謝を、改めて強く感じた出来事でした。

次世代へ想いをつなぐ、これからの展望
今後のキャリアとして、短期的には県1位に満足せず、全国を目指したいと考えています。ただし、スタンスは変えません。一人ひとりのお客様、一つひとつの案件を丁寧に積み重ねること。それ自体がやりがいだからです。
長期的には、役職者やトレーナーとして若手を育てていきたいです。ゼロからスタートした自分だからこそ、伝えられることがあります。師匠や上司から受け継いだ学びの襷を、次の世代へ手渡すことが自分の役割だと思っています。
師匠から教わった最も大切なことは、「売ろうとするな」という姿勢です。共済を提案すること、お知らせに行くことが渉外の使命。「ちょうど良かった」という言葉を使うことも教わりました。お客様との会話を円滑にする魔法の言葉です。そして、「あの時勧めておけばよかった」と後悔しないよう、毎月やり残しを作らないこと。この教えも今なお大切にしています。
転職を考えている方は、不安を抱えていると思います。僕もそうでした。それでも、今振り返ると「何とかなる」というのが正直な感想です。周囲の中途入組者も、「飛び込んで良かった」と話しています。人と人との温かさを感じられる仕事に興味がある方には、ぜひJA新潟かがやきを検討してほしいと思います。

