東京から佐賀県伊万里市へ。SEとして刻む、自分らしいキャリア。
東京から佐賀県伊万里市へ。
SEとして刻む、自分らしいキャリア。
このストーリーのポイント
- 若手の間は刺激的な環境で働きたいと東京へ
- 30歳の節目に、故郷近くの伊万里市へ
- 巨大な船舶を見ながら、造船所のシステムを開発
自分の成長や関心の変化に合わせて勤務地を変える──。名村情報システムでは、そんな柔軟な働き方が可能だ。インフラから開発まで、業務の幅広さも魅力である。
名村情報システム株式会社
Y.S
造船ビジネス本部 造船システム部
開発3グループ

2017年入社。長崎県出身。工学部知能情報工学科卒。入社後、カードビジネス本部カードIT基盤グループに配属され、金融機関のサーバ保守に携わる。6年目に地元・九州に戻るため製造ビジネス本部造船システム部に異動。現在は造船所の製造現場を支えるシステムの開発などに携わる。
なじみのあった造船所の子会社へ
大学進学の際に情報系の学科を選んだのは、将来はIT系の仕事に携わりたいと思ったからでした。パソコンを自作するなど、以前からこの領域には関心があったのです。
大学では主にプログラミングを学び、卒論ではゲームで敵を撃ち落とすためのアルゴリズムについて研究していました。
出身は長崎県です。大学は山口県でしたが、就職先は地元のIT企業がいいと考えていました。高齢の両親のそばで暮らしたいと思ったからです。一方で若い間は都会、特に東京で自分を磨くのもいいという思いもありました。都合のいい話ではあるのですが、そんな希望をかなえてくれる企業が見つかったのです。それが名村情報システムでした。
実はこの社名を耳にしたときに浮かんだのが“聞いたことがある”ということです。親会社で、東証スタンダードに上場する大手造船会社「株式会社名村造船所」が、地元から福岡に向かう道沿いにあり、以前から目にしていました。そんな親近感や安心感も、入社を後押ししてくれました。
入社後は希望通り、東京の事務所(本社)に配属されました。
初めての東京生活は大変に刺激的ではありましたが、地方で生まれ育った私には、人の多さなどはやはり重荷に感じたというのが正直なところです。入社前にイメージしたとおり、しばらくは東京で経験を積み、いずれは地元に帰るつもりで社会人生活をスタートさせました。

金融システムを支える社会的使命感
東京で配属されたのが、カードビジネス本部カードIT基盤グループです。ここで私は顧客である大手金融機関に常駐し、Webサーバの保守に携わりました。
金融システムという重要な社会インフラを“縁の下の力持ち”として支える仕事ですから、責任は重く、それがやりがいにもつながりました。もしサーバがダウンしてしまうと、数百万人というお客様に影響が及んでしまいます。そのような事態に直面したときは、顧客も含め、全員がピリピリした雰囲気で対応に臨みました。深夜に発生した障害の対応のために、真夜中に駆けつけたこともあります。金融機関の営業開始前になんとかサーバを復旧させたときにいただいた「助かりました」の言葉は、本当に嬉しかったです。
東京で働く上で懸念していたのが、物価でした。特に住居費は、地方では想像もつかないほど高額です。その点、とてもありがたかったのが当社の家賃補助制度でした。しかも、上限はあるものの、家賃の半額を負担していただきました。
同様の制度は他社にもありますが、半額負担という手厚さは、当社ならでは。人を大切にする、当社の考え方が反映されていると感じました。
いずれは地元に帰るつもりで上京したので、漠然と30歳を一つの節目と考えながら仕事に取り組みました。そして結果的にはその目論見通り、30歳で東京の拠点を離れて佐賀県伊万里市の拠点に異動することができました。当時担当していた案件が落ち着いたことも、一つの区切りとなりました。
地元に帰るのは、先ほどもお話ししたように両親の近くで暮らしたいと思ったからです。伊万里市の拠点は実家に隣接しているわけではありませんが、車で気軽に立ち寄れる、ほどよい距離です。
もし名村情報システムではなくて別の会社に就職していたら、地元に戻るためには会社を辞めて転職するしかなかったでしょう。新卒で適切な選択をした自分自身に感謝しています。

巨大な船舶のすぐ隣で
伊万里拠点での私の所属は造船ビジネス本部の造船システム部です。文字通り造船業をITの力で支える部署で、私は親会社の名村造船所内に置かれた当社のオフィスに勤務しています。すぐ隣にはドックがあり、長さ300メートルを超える巨大な船のそばで仕事をしています。オフィスはビルの4階にあるのですが、船はそこからさらに見上げるほどの高さで、スケールの大きさには圧倒されます。
これらの船を製造する工場の現場を支える各種システムの開発が、私たちに課せられたミッションで、私はパイプなどを設計する3D CADのシステムや、パイプを配管する際に必要な図面を設計するシステムなどの開発に携わっています。
面白みとしては、これらのシステムを実際に使うエンドユーザーである職人さんと直接コミュニケーションを取りながら進める点です。ベテランの職人さんからの要求は厳しいのですが、それに応えることで「使いやすいね」と言っていただけるのは、開発者としての大きな喜びです。
ドックにそびえる巨大な船を見上げて、この製造にも自分の開発したシステムが貢献したと思うと、やりがいはひとしおです。ユーザー系システム会社ならではの、ものづくりの現場のすぐ近くで仕事をしている醍醐味を感じています。
印象に残っているのは「工場見える化プロジェクト」です。
造船業の現場ではこれまで紙の図面が主流でした。それをデジタル化し、タブレットで管理することによって、工程の進捗具合や部品の在庫状況などを可視化しようとするプロジェクトで、私はその立ち上げから一貫して携わりました。
大変だったのは、現場の職人さんたちが長い経験を通じて培ってきた“暗黙知”を解き明かし、ルール化していくことでした。職人さんたちにも問題意識があったようで、ヒアリングには大変協力的でした。我々エンジニアにとって大切なのはこうしたコミュニケーション力であり、その前提となる人間関係づくりも、製造現場のすぐ近くにいるアドバンテージを感じることができました。
現場作業の負担を軽減する、大きなイノベーションとなりました。
「工場装置リプレース」も印象に残っています。これは自動で金属を溶接する巨大な装置の、ある部分を全面的に入れ替えるというプロジェクトでした。それに伴ってシステムの改修も必要となったのです。
通常のシステム開発はアプリケーション単体で完結しますが、この案件ではシーケンサやロボットの制御プログラムなど、他のシステムとの連携に苦労しました。溶接の品質向上に向けたパラメータの検討などで幅広い領域の技術者たちと議論を重ねることができたのは、得がたい経験となりました。
この装置は現在も工場で稼働しており、現場に貢献できたことを嬉しく思っています。

地方だから実感する落ち着いた暮らし
現在私はチームリーダーとして2年目です。しばらくはこのポジションで、チームをより効率よく稼働させるために経験を積んでいきたいと考えています。その先は、いくつかのチームを束ねるグループリーダーを目指すことになります。人の管理は簡単ではなく、私にとって新たなチャレンジです。
また、人材育成も大きなテーマです。チームには新入社員がいるのでOJT研修を行いましたが、人によって得手不得手が異なることもあって、どのように指導すれば効果的な育成ができるか、私自身が試行錯誤を重ねているところです。これも今後の課題です。
東京と伊万里で仕事をしてきて感じる当社の魅力は、要件定義から設計・開発、保守・運用と、上流工程から下流工程までワンストップで携われることです。また、開発にもインフラにも携われる点も、他社にはあまりない魅力でしょう。
エンジニアとしての自分の成長に合わせて下流工程からスタートして徐々に上流工程へと挑戦していく、そんなステップを踏めることに、恵まれた環境だと感じています。
伊万里市は田舎ではあるのですが、生活環境は整っており、大変住みやすいと感じています。戻ってきてから、昔の友人との交流も復活し、一緒にゴルフも始めました。始めたばかりで、スコアはまだまだですが。仕事も生活も落ち着いていて、地に足着いた毎日を過ごしているという実感があります。
今後、結婚やマイホーム取得、子育てなど、人生の様々な節目を迎えることになると思いますが、長期的な生活設計を立てやすいのも、地方暮らしならではの魅力だと感じています。

