スウェーデンハウスからあなたへ 住宅はより質が問われる時代に。 オンリーワンの魅力や価値を伝え、選ばれる企業を目指す

スウェーデンハウスからあなたへ 住宅はより質が問われる時代に。 オンリーワンの魅力や価値を伝え、選ばれる企業を目指す

[40周年記念スペシャル・メッセージ]
スウェーデンハウスからあなたへ
住宅はより質が問われる時代に。
オンリーワンの魅力や価値を伝え、選ばれる企業を目指す

このストーリーのポイント

  • 高い理想であっても、チャレンジし続けることで突破口が見えてくる
  • 時代がどれほど変わっても、自分たちがやるべきことはただ一つ
  • 住み継がれる家づくりへの想いを次の世代に継承したい

1984年の創業から一貫して、世代を越えて住み続けられる家づくりをテーマに掲げるスウェーデンハウス。そんなスウェーデンハウスは今年、創業40周年という節目の年を迎えました。この間、多くの方々がこの事業に関わり、住宅会社としては珍しい道筋を歩んできました。「日本の住宅の住文化を変えていこう」その思いは創業からずっと変わらず、 その思いに共感した社員によって継承し続けています。それこそが、独特のスタンスを持つスウェーデンハウスの物語です。

逆風の中での船出。スウェーデンの街づくりに挑む

すべては、「スウェーデンヒルズ」から始まりました。それは、北海道に石狩港を新設するにあたり、近くに一つの街を作り上げるという大構想。プロジェクトに参画したのが、国と北海道、トーモクでした。いわゆる、第3セクターという形でこの壮大なプロジェクトが立ち上がったのです。

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トーモクとはスウェーデンハウスの親会社です。現在は東証プライムの上場企業で、段ボール・紙器など幾つかの事業を手掛けています。その会社が何故、街づくりに手を挙げたのか。トーモクの旧社名は、東洋木材企業。段ボールができる前は、木箱を扱っていました。それゆえに、木材の調達ルートがあったことで、戦後住宅が足りない時期に簡単に作れるプレハブ住宅を手掛けたことがありました。その後、住宅事業からは撤退したものの、一人の若手社員が「いつの日か再び住宅づくりをしたい」と熱い想いを持っていました。その彼が、いつの日かトーモクの社長を経て会長となり、遂に念願を叶えるために自ら手を挙げたのです。

「せっかく作るのであれば、特徴のある街にしたい」。そう考えた当時の会長は、関係者と共に世界中を視察しました。その際に、感銘を受けたのが北欧の街並みや住宅でした。「住み心地が素晴らしい。日本の性能とは比較にならない。北海道であれば気候も近いので、ぜひスウェーデンのような街を作りたい」と考えたのです。そこで、スウェーデン村構想が立ち上がりました。

夢への第一歩が、1980年の実験棟2棟の建設でした。スウェーデンから大工を招き、部材も持ち込み、地元工務店の協力も得ながら、住宅づくりに着手したものの、言葉も工法も全く違いトラブルが続きます。しかも、今後本格的に事業展開したとしても、「事業の採算性は見込めない」とシンクタンクから指摘されたり、スウェーデン工法に基づく国の建築認可がなかなか下りないなど、逆風の中でチャレンジの連続となりました。

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それでもこのプロジェクトには、それまでの日本の住宅にはなかった性能レベルや、 欧米のように100年単位で住み続ける「資産価値」という概念を 日本にも普及させるという「大きな意義がある」「やるべきだ」という強い思いがありました。ロマンと言っても良いかもしれません。それで何とかやり遂げ、本格的にスウェーデンの街づくりを進めることになり、名称も「スウェーデンヒルズ」に決定。住宅づくりを手掛ける会社が必要だということで、1984年に当社が設立されたのです。

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妥協せず理想を追求。時代の流れが後押し

以来、スウェーデンハウスに一貫して受け継がれているのは、「日本の住宅基準を越える理想の家づくり」です。そのこだわりを変えないことがスウェーデンハウスの良さであり、強みであると信じてきました。「理想を求めているので、妥協はしたくない。これで行くんだ」という強い決意で挑み続けています。

ただ、スウェーデンハウスの理想とする家づくりがすぐに受け入れられたわけではありません。正直言うと、1980年代から90年代前半は、日本人の価値観とのギャップが顕著でした。何しろ、早くから環境や福祉の先進国であったスウェーデンは、100年住宅を謳い、それに相応しい性能を追求していました。一方、日本は「住めるなら家の性能は、ほどほどで良い」という考え方が定着していたのです。スウェーデンハウスは、断熱性や気密性をアピールしているが、あれはオーバースペックと捉えられました。「そこまでやる必要がない」と業界他社から言われ続けていました。

当然ながら、当初は業績も苦戦しました。1985年に東京に進出。全国展開への布石を打ったものの、もともとスウェーデンハウスは住宅業界では門外漢。全く異なる業態からの参入であったのでノウハウもありません。まさに、ゼロからのスタートでした。それでも、諦めませんでした。

流れが変わったのは、設立から11年目のことでした。背景には円高と政府の後押しによる輸入住宅ブームがありました。売上が一気に拡大。店舗数も増やしていったので、12年目には年間棟数が1000棟を突破するなど、急成長しました。また、時代と共に国の要請もあり、省エネ基準がどんどん厳しくなっていったことも、追い風となりました。1992年の新省エネ基準への改定に続き、1999年の次世代省エネ基準で気密性と断熱性の基準値が設けられ、日本のハウスメーカーでもこれらに対する取り組みが本格化しました。加えて、2000年には住宅性能の表示制度がスタートするなど、省エネ対策が強化されていったのです。

さらに拍車を掛けたのが、2009年に制定された長期住宅の普及の促進に関する法律です。30年でスクラップ&ビルドではなく、より長く住む家にしようという国の方針が打ち出されました。業界他社は、こうした基準にキャッチアップすることに苦労されたかもしれませんが、スウェーデンハウスからすれば、ようやく日本もこのレベルまで来たかというのが本音でした。

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日本人の価値観の変化が事業拡大の転換点に

日本人の価値観を変えたという意味では、2011年の東日本大震災と2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大も、スウェーデンハウスの事業にとって大きなターニングポイントとなりました。まずは、東日本大震災によって耐震性が注目されたのです。スウェーデンハウスは震災からすぐに東北各県や茨城県にお住いのオーナー様に連絡を入れ、状況をお伺いしました。「うちは大丈夫でしたよ」と嬉しい声を聞けた時には思わずほっとしたものです。構造と断熱を良くするために壁が厚く、その分部材が太く、それをしっかりと箱型に組んでいるので、地震にも強い家であることを再認識しました。

また、コロナ禍でステイホームやリモートワークが広がり、家での滞在時間が長くなる中、家の性能や住み心地がいかに大切であるかに人々の意識が向きました。その点、スウェーデンハウスは窓が防音サッシ並みの静かさなので落ち着いて過ごせます。結果として、お客様からの反響が一段と高まりました。

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不変のスタンスが、お客様満足度の高さをもたらす

このように、さまざまな出来事があったものの、スウェーデンハウスの営業スタンスはどの時代であっても変わっていません。商品の魅力をお客様にきっちりと語り、伝える、共有する。そこに重きを置いています。特に重視しているのは、共有です。体験宿泊や各種イベントを開催しているのもその一環です。パーティも良く開いています。そうした場には、契約をご検討中のお客様はもちろんのこと、オーナー様にも参加してもらっています。しかも、オーナー様はそうした場で「スウェーデンハウスはこういうところが良いよ」「建てる時にはここに気をつけてね」などとご自身の体験に基づいてアドバイスをしてくれています。

2015年からオリコン(※1)のお客様満足度9年連続総合1位に輝いているのも、お客様の体験が語り継がれているからなのかもしれません。スウェーデンハウスが9年連続総合1位になるなんて最初は驚いてしまいました。お客様がスウェーデンハウスの良さを実感してくれていることをリアルに認識できたので、嬉しかったです。

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※1
2023年 オリコン顧客満足度Ⓡ調査 ハウスメーカー 注文住宅 総合第1位

スウェーデンハウスの足跡を振り返る上では、2000年にスタートさせた50年間無料定期検診システム[ヒュースドクトル50]についてもぜひ語らせてください。これはオーナー様にお引渡し後、50年もの長きに渡り、お客様の大切な住まいをしっかり見守り続けていくというシステムです。多くのハウスメーカーは、法律に準拠した10年間の保証制度または補修工事を供なった長期保証を導入していますが、スウェーデンハウスは家の主治医が健康診断するという観点を取り入れたアフターサービスを導入し、5年ごとに無料検診を継続しています。しかも、この制度は1984年の創業まで遡り、すべてのオーナー様に適用されています。この点にもスウェーデンハウスのこだわりを感じていただけるのではないでしょうか。

繋ぐ・繋げる・繋がる想いを胸に未来を切り開く

スウェーデンハウスは、今年40周年にあたりメッセージワードを設けました。それが「Lyckas(リュッカス)」です。スウェーデン語で、受け継ぐ、良い循環がずっと続く、成功するという意味を表わします。他にも、色々な意味が込められています。例えば、世代を渡って長く住み続けられるという想いもあれば、自然環境が持続的につながっていく・繋がるという意味合い、さらにはお客様とスウェーデンハウスが共につながっていくというイメージも反映されています。この40年間がどうであったのか、これからを見据えてお客様にどう向き合っていくべきなのかをしっかりと見直す必要があると考えています。Lyckas(リュッカス)にはそのような気持ちが込められているのです。

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未来に向けて、スウェーデンハウスの事業がどうなっていくのか。それを考える上で、どうしても視野に入れなければならないのは、住宅業界全体で着工数が減少していることです。日本の人口自体も減って来ており、量が伸びないのは確かです。しかし、これは見方を変えれば、今後は質が問われる時代、お客様の選ぶ基準が明確な時代になっていくと想定されます。だからこそ、より一層のスペックアップや新しい商材の開発を進めていきたいと考えています。

といっても、スウェーデンハウスの基本姿勢は変わりません。これまでと同様に、ハイスペック・ワングレードを貫いていくこと。ある意味では万人に受けるものとはいえないでしょう。でも、人生を豊かなものにしたいお客様からは確実にニーズがあります。そうした方々から、「オンリーワンの住宅メーカー」として選ばれると信じています。

また、まだまだ数は多くはないものの、スウェーデンハウスは住宅以外の建物づくりにも着手しています。具体的には、病院やサービス付き高齢者住宅、グランピング施設などです。少しずつではありますが、幅が広がって来ています。それでも、あくまでも主力は住宅事業です。これからも愚直に取り組んでいきます。

いかがでしたか。40周年を機にスウェーデンハウスの家づくりに対する考え方や姿勢、貫き続けてきたポリシーなどを語らせていただきました。「ちょっと珍しいハウスメーカーだな」と思われた方もいるのではないですか。「何だか面白そう」「共感できる」という方がいらしたら、50周年、60周年に向けた道のりをスウェーデンハウスと一緒に歩んでいただきたいと願っています。

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—この方にお話を聞きました—

著者情報

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T.Yさん
私は現在総務部で主に採用業務をしております。
当社のことになるとついつい、あれこれと長話になってしまうので
企業セミナーなどでは短くまとめることに苦労しております。
この文章も結果、長文となってしまいましたが(笑)
最後までお読みいただきありがとうございます。

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