
知識ゼロからのスタート。技術と感覚を磨き、伝統と革新の融合に挑む
知識ゼロからのスタート。技術と感覚を磨き、伝統と革新の融合に挑む
このストーリーのポイント
- 生まれ育った京都を舞台に、ものづくりをしたいと考え松栄堂に入社
- お香作りは経験や感覚が大切。その面白さと難しさを痛感する
- 若手であっても責任ある仕事を任され、成長を遂げる
京都には、創業から何百年もの歴史を誇る企業が多い。300年に渡り、香りある豊かな暮らしを提案してきた松栄堂もその一社だ。「変わらないために変わり続ける」を企業理念に掲げ、優れた品質を維持しながら時代にマッチした商品を作り続けている。その「ものづくり」の最前線に、お香の知識や経験ゼロで、不安を抱えつつも、ものづくりへの強い想いを胸に飛び込んできたのが山本だ。持ち前の探求心や好奇心を活かし、プロの技術者への階段を着実に歩んでいる。
株式会社松栄堂
山本 拓朗
長岡京香場 製造部
2019年4月入社
農学部卒
「これだ」と思ったら、全力で没入するタイプ。音楽が大好きなので、好きなアーティストのライブに行ったり、レコードを買い集めたりしている。会社選びに際しても、農学部だから食品業界っていう安易な選択はしたくなかった。ものづくりの面白さを存分に味わえる会社を探し求めた。その想いにかなっていたのが、松栄堂。お香づくりの知識は、全く持ち合わせていなかったが、知れば知るほど面白さが増しているという。
正解がないからこそ、奥深さを追求できる
松栄堂は300年もの歴史を誇る会社です。僕自身は製造部の一員として、「ものづくり」の最前線に立っています。一番のやりがいは、お線香づくりの奥深さを追求できる点。実際、お線香を作るときに何よりも重要になってくるのが、手の感覚や見た目です。例えば、お線香をこねるときに水を加えるのですが、その繊細な加減を示すマニュアルは一切存在しません。伝え聞いた技術を用いるものの、最終的には自分の手の感覚・感触で決めていきます。そこが、いつも悩みどころでもあり、難しさでもあります。なぜなら、明確な正解が存在しないからです。
恐らく、一生悩み続ける気がします。そうした奥深さを追求できるのが、お線香づくりの醍醐味だと感じています。なので、今は仕事が楽しくてたまりません。
京都で「ものづくり」に挑戦してみたい。その想いを叶える
大学では農学部の作物研究室に所属し、大豆に他の植物を接ぎ木することで、植物の成長促進や大豆の湿害ストレスを緩和する技術を研究していました。農学部の出身者の多くは食品業界に就職します。ただ、食品メーカーの製造という仕事をイメージしたときに、僕には全く響きませんでした。そこで、就職活動に際し僕が会社選びの軸に置いたのは、出身地である京都で「ものづくり」に挑戦すること。加えて、品質に絶対的な自信や誇りを持っているメーカーで働きたいと考えました。
当社の存在を初めて知ったのは、合同企業説明会でした。そこに当社もブースを出展していて、製造部の方が熱心に自社商品の素晴らしさや製造の面白さを熱く語っている姿がとても印象的でした。また、その話しぶりに本人の人柄も感じられ、「きっと面白い社員が沢山いる会社なのだろう」「ここで、ものづくりができたら楽しいかもしれない」と思ったのが、応募のきっかけでした。
その後、当社の製造系インターンシップにも参加しました。製造部の多くの方々のお話を聞く中、自分との共通点を幾つも見出すことができました。例えば、お香作りの原料として植物を扱っていることもあって、僕と同様に農学系の方も多く、自分の趣味や好きなものへのこだわりが強いことなどでした。なので、親近感がどんどん湧いてきたんです。
ただ、当時の僕にはお線香づくりに関する知識も経験も全くありませんでした。まさに、ゼロと言っても良いほどです。「お線香って仏壇にあったかも」ぐらいしか意識していなかったというのが、正直なところ。なので、不安が全くなかったわけではありません。しかし、「機械に関しては入社してから学んだ」という話を聞いたり、会社が機械系の知識や技能を学べるよう研修制度などバックアップしてくれたりしていることを知り、「それなら大丈夫だろう」と思い、入社を決意しました。
大きな責任を全うしながら、成長への道を着実に歩む
入社後、配属されたのは長岡京香場の製造部でした。当時、僕を含めてメンバーは7名。製造グループと仕上げグループに分かれていました。僕は製造グループ。二人の先輩のもとで仕事の進め方を一つひとつ覚えていきました。製造担当者の主な業務は、粉の状態からお線香を練り上げて(混練)、線状に押し出し(成形)、乾燥させてカットするところまでです。切断後は仕上げの担当者にバトンタッチします。
話では聞いていましたが、感覚でお線香作りをしている様子を初めて見て、「本当だったんだ」と驚きました。製造担当者の裁量で何万本ものお線香を作り上げていくので、「これは面白いなあ」と感じたことを今でも鮮明に覚えています。まずは僕も「感覚を磨かなくては」と思い、常に先輩に付いて回り、「これでどうですか」と逐一確認を求めていきました。それを毎日繰り返す中で、徐々に掴んでいったという感じです。
さまざまな技術を学んでいった中で、今でも印象に残っている先輩の助言があります。日頃操作していた機械に不具合が起きてしまい、先輩に「どう対応したら良いか」を相談したところ、「機械をばらしてみたら良いよ」とアドバイスをいただきました。ばらすこと自体が怖くて、一度もトライしたことがなかったのですが、その先輩の胸を借りてやってみたところ、機械全体や部品を構造的に理解することができました。そこからは、意識が大きく変わりました。
もちろん、失敗も色々しました。水の分量を間違えたり、出来上がったお線香を倒してしまったりとか…。先輩も似たような経験をしてきたようで、その都度優しくも厳しくフォローしてくれました。
そんな僕にとって大きな転機となったのが、入社3年目のときです。製造グループで唯一の先輩が、香場内の別の部署に異動となり、僕と新入社員の2名で業務を遂行しなければいけなくなったんです。「その年次では、あまりないことだよ」と言われ、かなり不安が募りました。プレッシャーも感じましたね。
何しろ、これまでは何かを決断するとなると、その先輩がすべてやってくれていました。その役割を今度は僕が担うことになります。もちろん、単に決めるだけではありません。その決断をする根拠を明確に示さないといけないのです。なので、決断を下す前には何度も試行錯誤を重ねましたし、自発的に学ぶようにもしました。その辺りを意識するようになったのが、僕にとっての変化だったと思います。有難かったのは、異動後も先輩が香場内にいたので何かと助けてもらえたことです。おかげで、心強かったです。
この経験を通じて、僕が得たのは技術者としての成長でした。立場上、僕が後輩の見本にならなくちゃいけません。普段から、間違ったことはできないから、より緊張感を持って仕事をするようになりました。行動の一つひとつを精査して、正しい選択を心がけるようになった気がします。後輩への指導や接し方が上手くできたかどうかは、あまり自信がないです。そこは、今でもすごく難しいなって思っています。それでも僕自身、香りのプロへの階段は一歩ずつ着実に上がっているという実感があります。責任ある仕事を次々と任せてくれる職場ですからね。
変わらないために変わり続ける。日々その理念に向き合う
早いもので、僕も入社してもう7年目になりますが、伝統技術と最新技術の両方に触れられる面白さと難しさに、日々翻弄されています。新しいことにチャレンジするといっても、お線香作りの基本的な製法はいつの時代であっても変わりません。基本に沿いながらも、少しずつ変化を加えていき、工夫をしながら新たな商品を作り上げていくことが重要になってきます。
会社としても、最新技術の取得支援や活用に意欲的に取り組んでいます。例えば、僕で言えば製造系の社会人対象の学校に通わせてもらい、CADのスキルを習得したので、それを利用して図面を描いています。また、製造部の仕上げ工程(箱詰め)ではロボットアームや検品システムも導入しており、人間と産業用ロボットが連携して伝統産業を支えています。
しかし、伝統技術と最新技術の両立は簡単ではありません。しかも、昨今は多品種少量生産の時代です。僕自身、毎日違う種類のお線香づくりを手掛けています。当然ながら、アプローチの仕方も変わってきます。何度も試行錯誤を重ねて、それぞれの商品特性に合わせた落としどころを見つけていくしかありません。そこで求められるのは、多様な引き出しです。応用力と言っても良いでしょう。こればかりは、経験の豊富さに依存するところがあるので、僕はまだまだです。
品種が多いということは、自ずと新製品の開発にも挑んでいかないといけません。なので、最近は僕も新製品の試作づくりに関わる機会が増えました。アイデアが本社から持ち込まれて、それをカタチにすることができるかどうかを検証するのが、僕のミッションです。例えば、2年前に発売されたお香のカードゲーム「くんくんくん」の試作も手掛けました。どうアプローチすれば香りのするカードを製造できるのかと現場の皆で考えて、何とか商品化に漕ぎつけることができました。
松栄堂は、「変わらないために変わり続ける」という経営理念を掲げています。今まさに、品種がどんどん増えている状況なので、ただ単に従来と同じものを作るのではなく、その時代のニーズに合わせて、柔軟に対応していくことがすごく大事になってきます。製造部門としても、時代に応じた作り方に変えていかないといけないと思っています。
「ものづくり」の楽しさを仲間と共有していきたい
僕が今後目指していきたいキャリアは、技術力と感性を持ち合わせた技術者になることです。実は、ロールモデルとなる存在が製造部の中にいます。その先輩は、普段は寡黙なのですが、常にものごとを精緻に観察されていて、何か異変が起きたときにはすぐにどこに原因があるのかを把握し、的確に対応されています。感覚も研ぎ澄まされているんです。僕もその先輩に追い付けるよう頑張っていきたいと思っています。
僕は、専門外からお香作りの世界に飛び込んできました。製造は、できて当たり前の仕事なので、常に同じ精度でものを安定して作っていかないといけません。そういう意味では、モチベーションを保つのが難しいところが少なからずあります。それでも、日々の仕事の中には微妙な変化や発見が必ずあるものです。それをいかに見つけ出して、皆と分かち合いながら楽しく「ものづくり」ができるかが大切だと思っています。少しでも、お香に興味がある方がいたら一緒に共有したいです。
特に、じっくり何かに向き合える人には向いている気がします。そうじゃないと、変化や発見に気づきにくいからです。自分が向いているかどうか、ぜひ見つめ直してみてください。「ものづくり」の現場で会える日を楽しみにしています。