自分らしさを活かして、がむしゃらに突き進む。大切なのは、ワクワクしながら生きること。
自分らしさを活かして、がむしゃらに突き進む。
大切なのは、ワクワクしながら生きること。
このストーリーのポイント
- 常に仕事に前向きな社員の姿に刺激を受ける
- 自分という人間を売り込むことで、商機を開拓していく
- 社長の「採用してよかったよ」の一言が最高の喜びに
目を輝かせながら仕事について語る先輩社員の姿に惹かれて入社。鉄のことなど何も知らなかったが、持ち前のポジティブさで顧客のもとに飛び込み、成果を上げる。自分の可能性を信じることが、さらなる成長につながる。
株式会社阪神メタリックス
宮崎 瑚子
株式会社阪神メタリックス 高松支店
川上ハガネ株式会社(兼務)

愛媛県出身。総合政策学部卒。2024年入社。川上ハガネ株式会社に出向し、2年目の秋より阪神メタリックス高松支店も兼務。関西、四国エリアを担当し、日々、営業として走り回っている。
バーを経営し、自分の強みを磨く
学生時代はバーを経営していました。
もともとお酒は好きだったんですが、顔見知りの店長さんが「ちょうどいい物件が空いたけれど、やってみないか」と声をかけてくれたことがきっかけで、自分のお店を持つことになったのです。
将来は自分でビジネスをしたい、経営者になりたいという想いを日頃から語っていたことから、私に声がかかったのだと思います。夢は、言葉にすることでいつかはかなうものなのでしょう。
バーの経営は楽しかったです。一応、月曜日が定休だったのですが、楽しくてほぼ毎日開けていました。日中は大学でゼミなどに出席し、夜はバー。居抜きだったおかげで初期投資はわずかで、グラスなどは人からいただき、ちょっとした内装は100円ショップで買ってきたシールを貼って自分の手でやりました。
おかげでオープン2カ月目には黒字になり、4回生の夏に閉めるまで、一度も赤字を出したことはありませんでした。
もちろん集客には力を入れました。友だちは来てくれましたが、甘えるわけにはいきません。周囲のお店に顔を出してお客さまを送ってくれるようお願いしたり、学生ながらJCや守成クラブにも加入して経営者仲間を増やしたりしていきました。こうした人脈づくりは、私の強みです。
一方、人を育てることはできませんでした。私が最前線に立って接客していたこともあって、私が休むとお客さまの足もストップ。育成も含め、マネジメントは苦手でした。
自分の強みと苦手を自覚できたことも、バーを経営したことで得られた学びでした。

ワクワクしながら生きていきたい
バーの経営は順調でしたから、このまま続けてお金を貯めて、他の事業展開をしていくのもいいかなと考えたこともありました。ただ、マネジメントが苦手ということがわかったので、一生に一度の“新卒カード”を有効に使って組織で働く経験もしてみたいと思い、就職することに決めました。
そんなタイミングで知ったのが阪神メタリックス。たまたまインターンシップに参加した企業の方が、私に「面白い会社があるから」と教えてくれ、採用担当をしていた社員を紹介してくれたのです。おそらくですが、私のキャラクターを見て、阪神メタリックスなら合うんじゃないかと考えてくれたのではないかと思います。
阪神メタリックスの社員には、紹介していただいた方以外にも数多く会いましたが、毎回、刺激的でした。というのも他社の面談では「学生なのにバーを経営するなんて凄い」「経営感覚が素晴らしい」というような言葉ばかりだったのに対し、阪神メタリックスの社員はそうしたことには触れず「自分の人生は自分で決めるべきだ」というようなことしか話さなかったんです。私という人間を見て、将来を本気で考えてくれていると感じました。その間、どんな事業をしているとか、経営戦略がどうだとか、一切ありません。ひたすら私という人間について話してくれました。
もし就職するならということで私が考えていた軸は「20代で圧倒的な成長ができること」「大きな裁量権を持たせてくれること」「それに見合う収入のあること」でした。
業種は問わず、職種としては営業がいいかなと考えていた程度。接客業の経験から、人と接するのが好きというのが理由です。それよりも、どんな環境で働けるかを大切にしていました。阪神メタリックスはこの点でも自分の軸にマッチする会社だと感じました。
当時の私がイメージしていた会社員とは、最初は仕事に燃えていても次第に情熱を失い、気がつけばお酒を飲んで愚痴をこぼす、そんな存在でした。
ところが阪神メタリックスの社員は、そうしたイメージとまったく異なる方たちばかり。目を輝かせながら仕事について語り、会社のことも胸を張って教えてくれました。ワクワクしながら生きているのが、阪神メタリックスの社員だったのです。その姿に自分自身の未来を重ね合わせたことが、入社の決め手となりました。

自分の代わりに頭を下げてくれた先輩たち
阪神メタリックスに入社したのはいいけれど、当たり前ですが鉄のことなど何も知りません。何も知らないけれど売る気はあるし、売ってみなければ鉄のこともわかりませんと言いながら、営業としてスタートしました。
最初は先輩に同行し、8月からは1人で行動するようになったものの、圧倒的に知識が足りないので、お客さまに詳しい提案などできません。今の私にできるのは顔を覚えてもらうことと割り切り、とにかくお客さまのもとには足しげく通って私という人間を売り込みました。初対面の人と物おじせずコミュニケーションできるのは、私の持ち味の一つです。
すると面白いことにお客さまから「こんなことできる?」というお話をたくさんいただけるようになりました。どんな内容であろうと私は「もちろんできます!」とお答えして会社に持ち帰り、先輩に相談。先輩方は忙しいときでも嫌な顔一つせず、丁寧に教えてくれました。何も知らない新人の私にできることは、とにかくスピード感をもってお客さまにお答えすること。頼りになる先輩方がいたおかげで、1年目ながら自信を持って積極的に営業に行けたんだと思います。ご相談を多くいただく分、受注も増え、順調に数字を伸ばすことができました。
一方で、辛い思いもしました。特に1年目の年末はトラブルがいくつも重なって大変でした。
お客さまに納品した材料に欠陥がでてしまったり、加工途中でトラブルが発生し納期が遅れそうになったり。想定外のトラブルがいくつも立て続けに発生し、胃が痛くなるような日々でした。リカバーするには、とにかく誠実に対応するしかありません。その都度お客さまに謝罪し、別の製品を急いで手配するなど、走り回りました。私の納品が遅れるとお客さまの作業も遅れてしまい、その先の納期に間に合わなくなってしまいます。それだけは避けなければならないと、必死でした。
嬉しかったのは周囲の先輩方です。対応に追われる私を支えようと親身になって力を貸してくれました。ある先輩は、私の代わりにお客さまのもとへ急行し、何時間も頭を下げてくださいました。どんなトラブルが起こっても一度も辞めたいと思わなかったのは、こんな先輩方のいる会社が大好きだったからです。
2年目になってからはかなり成長できたという実感があります。具体的には、加工品の販売ができるようになりました。それまでは鉄やステンレスといった材料販売がほとんどだったのですが、お客さまのニーズにお応えして加工してから納品する取り引きが増えてきたのです。要するに+αの価値を付けた営業ができるようになったわけです。
こうなると面白いもので、A社の加工の希望を伺ってB社にその作業を依頼するというビジネスもできるようになりました。それまでB社は納品先のお客さまでしたが、これによってB社が発注先にもなったわけです。こうした新たな関係性を築けたことで、お客さまとWin・Winになれる面白みも知りました。
信頼関係も深まり、今ではLINEで発注いただけるお客さまもいるほどです。

“何者”かになることをめざしながら
2年目の秋から、高松支店も兼務することになりました。私は愛媛県の出身ですので、地元の人脈を仕事に活かせないかという狙いでの配属です。それまでは川上ハガネの営業として大阪を担当していましたが、そこに四国も加わったことになります。エリアは一気に広がりました。
四国は製紙会社が多く、私はその中の大手との取り引きに成功。新規開拓です。たまたま昔の同級生のつながりで開拓できた取引先で、まさに高松支店兼業の狙いがどんぴしゃで当たったことになります。地方は地縁が強いですから、営業にとっての大きな武器です。この大手のお客さまとの取り引きは今後さらに広げていき、大きな柱に育てたいと考えています。
鉄の世界は、男の世界です。私のような若い女性が珍しいことは間違いありません。これは決してハンデなどではなく、むしろアドバンテージです。というのも新規開拓で飛び込み訪問をしても、門前払いをされることはまずないからです。「仕方ないな」と言いながらも話だけは聞いてくださる方がほとんどで、女性ならではの強みだと感じています。
お目にかかった方には、必ずその日にメールでお礼を言うようにしていますが、こうしたきめ細かさは女性ならではの持ち味であると同時に、学生時代のバーの経営で身につけたことでもあります。
2年目の夏、社長が私に向かって「採用してよかったよ」とつぶやいたことがありました。私は“よかったでしょ”と明るく返しましたが、心の底から嬉しかったです。自分の存在を認め、評価してもらえたと思いました。営業として数字を上げ、若手ながらも会社に貢献できている実感は、大きなやりがいです。
とはいえ、今の私には“自分はまだ何者でもない”という強い自覚があります。何を手に入れたいのか、どんな生き方をしたいのか、具体的なことはまだ見えませんが、胸を張れる“何者”かになりたいと思っています。そのために知識も経験もまったく足りていません。自分を磨き続け、自分らしい夢を見つけることがこれからの目標です。

