常に変化する環境に身を置く中で見えてきた、私らしいキャリア。挑戦も、ライフイベントも、諦めずに歩み続けるという選択

常に変化する環境に身を置く中で見えてきた、私らしいキャリア。挑戦も、ライフイベントも、諦めずに歩み続けるという選択

常に変化する環境に身を置く中で見えてきた、私らしいキャリア。
挑戦も、ライフイベントも、諦めずに歩み続けるという選択

このストーリーのポイント

  • 他の業界以上に成長できる環境があると考え、ウェルスマネジメントのキャリアを選択
  • 結婚5年目で妊娠。産休・育休を取得したが、キャリアが中断する不安は一切なかった
  • スムーズに復職できたのは、上司や同僚、そして会社の手厚いサポートがあったから

大和証券では産休・育休を経て復職し、再び第一線で活躍する社員は決して希有な存在ではない。むしろ、それが当たり前と言ってもよいほどだ。ロールモデルとなる社員が数多くいることに加え、職場の同僚による配慮や、制度面での会社のサポートも充実している。だからこそ、仕事もライフイベントも安心して楽しむことができる。直原も、そう実感している一人だ。

PROFILE
大和証券株式会社

直原 紗弥香

自由が丘支店 次長
2013年度入社

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もともと責任感が強い性格。高校時代はソフトテニス部のキャプテンを務め、チームを勝利へ導く原動力となった。持ち前のバイタリティと強い成長意欲を活かせる環境として、大和証券に総合職として入社。京橋支店、藤沢支店での勤務を経て、産休・育休を取得。現在は自由が丘支店にて資産コンサルタントとして、仕事と育児を両立させる日々を送っている。

「成長できる環境」に身を置きたい。その想いから始まった就職活動

就職活動をしていた当時、私の頭の中にあったのは「全国転勤型の総合職として、最前線で働く自分」の姿でした。もともと負けず嫌いな性格で、何事においても「どうせやるなら上を目指したい」と考えるタイプです。学生時代から、周囲と同じペースで進むよりも、あえて厳しい環境に身を置き、自分を鍛えたいという気持ちが強くありました。

だからこそ、就職先を考える際も「安定」より「成長」を軸にしていました。社会人になってからの数年間は、人生の土台をつくる大切な時間です。その期間をどんな環境で、どんな人たちと過ごすかが、その後のキャリアを大きく左右すると考えていました。

そうした中で志望したのが金融業界です。金融は、目に見える「モノ」を売る仕事ではありません。お客様との信頼関係を築いたうえで、その方の人生や将来設計に深く関わりながら、目に見えない「安心」や「納得」を提供する。その責任の重さと奥深さに、大きな魅力を感じました。

中でも証券業界に惹かれた理由は、マーケットのスピード感です。一分一秒で状況が変わり、昨日までの常識が今日には通用しなくなる世界。常に変化し続ける環境に身を置くことで、自分自身を絶えずアップデートしていける場所で働きたいと思いました。楽な道ではないと分かっていましたが、それ以上に「ここでなら圧倒的なスピード感で成長できる」という確信がありました。

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大和証券との出会いが、不安を「挑戦したい」に変えた

大和証券を知ったきっかけは、女子学生向けのセミナーや座談会でした。正直なところ、参加する前は「証券会社=体育会系で厳しい」「数字を求められる世界」なのではというイメージを持っていました。しかし、実際に社員の方とお話をする中で、その印象は大きく覆されました。

どの社員の方も非常に穏やかで、就活生一人ひとりの話に真剣に耳を傾けてくださいました。どんな質問に対しても表面的な回答ではなく、ご自身の経験を踏まえて仕事のやりがいや苦労も含めて率直に話してくださったことが印象に残っています。「この人たちとなら、厳しい環境でも前向きに頑張れるに違いない」そう自然に思えたことが、入社を決める大きな理由でした。

また、女性活躍推進の取り組みが評価され「なでしこ銘柄」に選定されていることや、健康経営を重視している点も魅力でした。当時はまだ将来のライフプランが明確に描けていたわけではありませんが、「長く働くこと」を前提に考えられる会社、「将来の選択肢を狭めずに働ける会社」だと感じられたことは、学生の私にとって大きな安心材料でした。

一方で、選考が進むにつれ、周囲の学生のレベルの高さに圧倒される場面も増えていきました。「本当に自分はこの中でやっていけるのだろうか」と不安になることもありました。それでも最終的には、「不安だからやめる」のではなく、「不安だけれど挑戦してみたい」という気持ちが上回り、入社を決意しました。

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入社後に直面した現実と、支え合える仲間の存在

入社後は大阪・京橋支店に配属され、資産コンサルタントとして個人・法人のお客様に向けた営業活動を行いました。株式、投資信託、債券などを通じて、お客様の資産形成をサポートする仕事です。

実際に働いてみて難しさを感じたことは、入社1、2年目の中心的な仕事である新規開拓活動です。先輩から引き継いだお客様を担当するだけでなく、自らアポイントを取って訪問し、自分の言葉で想いを伝えお客様との関係を一から築くことが求められる毎日でした。特に私の担当エリアは企業が多かったため、決裁権を持つキーマンに会うまでのハードルが高く、思うように成果が出ない日々が続きました。

「こんなに頑張っているのに、なぜ結果につながらないのだろう」。簡単ではない現実に、悔しさや焦りを感じることも少なくありませんでした。同じ支店に配属された同期とは、仕事帰りに食事をしながら、お互いの悩みや不安を打ち明け合っていました。一人では心が折れてしまいそうな時も、仲間の存在があったからこそ踏ん張れたのだと思います。

また、個人の頑張りや同期の支えだけでなく、会社のバックアップ体制も大きな支えとなりました。なかでも、マーケット情報や営業サポートの充実度は想像を大きく超えるほどでした。自分で勉強することはもちろん必要ですが、社員一人ひとりの成長を後押しする仕組みやツールが整っており、「人を育てる」ことに正面から向き合っている会社だと実感しました。

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産休・育休は「特別なこと」ではない。ロールモデルが当たり前にいる安心感

その後、藤沢支店に異動し結婚から5年が経った頃、第一子を授かりました。周囲には産休・育休を取得し、復帰して活躍している先輩が多く、「いずれ自分もそうなるだろう」と自然に思えていたため、キャリアが途切れることへの不安はほとんどありませんでした。当時の支店長や同僚にも温かく送り出され、産休・育休を合わせて約1年半取得しました。

育休中も、会社とのつながりが途切れることはありませんでした。時折連絡をいただいたり、子どもを連れて支店に顔を出した際も、皆が温かく迎えてくれたりと、「戻る場所がある」という安心感を常に持てていました。久しぶりに同僚の顔を見たとき、「またここで働きたい」という気持ちが自然と湧いてきたことを今でも覚えています。

復職後は、システムの刷新やコンプライアンスルールの変更、マーケット環境の大きな変動など、戸惑うことも多くありました。さらに、勤務地が藤沢支店から自由が丘支店へと変わり、通勤時間には配慮してもらった一方で、お客様の層や価値観、土地柄の違いにも対応していく必要がありました。

それでも、周囲のサポートは想像以上に手厚く、分からないことは一つひとつ丁寧に教えてもらえました。特に支店長は、ご自身も産休・育休や時短勤務を経験されており、働く母としての悩みにも深く理解を示してくださる存在です。また、子どもの体調不良による急な休みや早退にも、「任せて」と言ってもらえる職場環境であることも、精神的に大きな支えになっています。復職後半年程度は段階的に業務に慣れていく制度もあり、無理なく仕事の感覚を取り戻すことができました。他にも、保育施設費用補助金やベビーシッター制度、母子サポートデスクなどの制度が用意されており、有効活用させてもらっています。

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母になり、仕事への向き合い方も変わった。次なる目標は、信頼される管理職への挑戦

復職から約1年半が経ち、仕事への向き合い方は大きく変わりました。特に意識するようになったのが、時間管理です。限られた時間の中で成果を出すために、優先順位を明確にし、効率を常に考えるようになりました。

また、子育てを通じて、お客様とのコミュニケーションにも変化が生まれました。子どもの話をきっかけに会話が広がり、教育資金や相続といったテーマについて、より深く共感しながらご提案できるようになったと感じています。

現在では第二子を授かりましたが、不安なく仕事に取り組めています。これもライフイベントを理由にキャリアを諦めなくて良い環境があるからこそだと確信しています。このような家庭とキャリアの両立を武器に、将来的には課長や支店長といった管理職に挑戦したいと考えています。身近なロールモデルである自由が丘支店の支店長のように、お客様にも、部下にも信頼される存在になることが目標です。自分がかつて感じた「この人と働きたい」という想いを、次は自分が後輩に届けたいと願っています。

就職活動中の皆さん、特に女性の方々にお伝えしたいのは、「キャリアは一直線でなくて良い」ということです。時には立ち止まることがあっても、挑戦し続けられる環境があれば、人は成長し続けられます。大和証券には、その確かな環境があります。

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