営業職から技術職まで歩んだキャリアパス。育まれたのは、ものづくりに対する真摯な姿勢。
営業職から技術職まで歩んだキャリアパス。
育まれたのは、ものづくりに対する真摯な姿勢。
このストーリーのポイント
- 文系・理系関係なく、「未経験」から歩み出せる社風と環境
- 若手でも「ものづくりの主役」になれる、圧倒的な挑戦環境
- 制度だけでなく、「文化」として根付いている真の働きやすさ
「ものづくりに携わる仕事がしたい」という想いを持って、文系出身の新卒として株式会社イマオコーポレーションへ入社。入社2年目から新製品企画に携わり、「現場で困っていることは何か?」「お客様が本当に困っていることは何か?」を探し続ける日々を送る。入社5年目で営業部門から技術部門へと異動し、CADの操作を一から学ぶ。また、私生活では第1子誕生を機に半年間の育休取得し子育てに専念。育休復帰後の現在、新製品発売に向けた準備を行う営業部に所属し、全社に渡る調整役として活躍中。
株式会社イマオコーポレーション
S・Y
営業部
2007年/新卒入社

岐阜県出身。大学時代に都市情報学を専攻し、2007年に新卒入社。販売部門の「テクニカルセンター」にて、営業ノルマに縛られず顧客の困りごとを製品化する企画営業を4年間経験。その後、技術部へ異動しCAD未経験から設計開発に挑戦。2020年には半年間の育休を取得し、現在は営業部にて新製品販売に向けた全体調整を担う。文系出身ながら営業職・技術職を経験した、全社を繋ぐ「架け橋」として多角的に活躍中。
文系出身の不安を払拭した「あなたのキャリアは一緒に考える」という言葉。
私は、大学時代に「都市情報学」という分野を学んでいました。その学びの中で、部品調達や人材確保を効率化し、企業の競争力を高めるという観点から特定地域に業界・業種が集まるという「産業集積」と呼ばれる現象があることを知りました。そんな中、地元・岐阜を含む中部エリアでは、自動車や工作機械、航空宇宙産業といった世界のモノづくりを支える企業が集まっていることを知り「地元の製造業に関わる仕事がしたい」という想いが芽生えたのです。一方で、私には大きな不安がありました。高校は商業科で簿記やプログラミングを学び、大学も文系。図面を引いたこともなければ、工作機械に触れたこともありません。そんな素人の自分が、プロフェッショナルな製造業の世界で果たして役に立てるのだろうか、と悩みました。
イマオコーポレーションとの出会いは、そんな私に一つの光をくれたのです。説明会で目にしたのは、ハンドルやクランプといった、一見すると非常に地味なパーツ群。しかし、それらはものづくりに不可欠な「標準機械部品」や「標準治具」であり、世界中の工場で重要な機能を担うパーツであることを知り、強く心を惹かれました。
「文系学部出身ですが、ものづくりに携わる仕事はできますか?」面接でそう尋ねた私に、「貴方の仕事や役割、キャリアは一緒に考えていくのでモノづくりに携わる機会はありますよ」と答えてくれました。その言葉に背中を押され「どこかに必ず自分の仕事があるはずだ」と決心し、私はイマオコーポレーションへの入社を決意しました。

「新製品企画」を実現。お客様の”声”をカタチにするものづくり。
約1年間の新人研修を経て配属されたのは、「テクニカルセンター(販売部門)」でした。一般的な企業でいう営業に該当する部門ですが、あえてその名を「テクニカルセンター」とした背景には、会社の強い意思があります。「既存の製品をただ売るだけの物量作戦では、いつか行き詰まる。生産現場の困りごとを拾い上げ、独自の製品やサービスで新しい価値を創り出していこう」という信念のもと、営業ノルマを廃止し、お客様の期待を超える製品とサービスで、お客様に感動をお届けする部門として再始動したのです。
そして驚くことに、配属早々の私にも「新製品の企画」がミッションの1つになりました。ゆくゆくはものづくりに携わっていきたいという気持ちで入社したものの、自分が思っていたよりも早くその機会が与えられたことに最初は戸惑いのほうが大きかったです。知識も経験も浅い私は、とにかく今ある製品をお客様にご提案することを通じて、新たなヒントも探しに現場に足を運ぶことを心がけて行動したのを覚えています。お客様の工場を訪問し、生産ラインなど実際の現場を眺め「作業者が何度も同じ動作をして苦労している」「この作業、もっと早くできると生産性が上げられるのに」と具体的なお困りごとも確認出来るようになりました。そんな中、ある日、複数のお客様が同じことでお困りであることに気づきました。私はさっそく「こんな困りごとが色々なお客様で存在します。今ある製品では対応することが難しいのですが、良い方法はありませんか?」と先輩たちに相談しました。もちろん、一筋縄ではいきません。先輩からは「他社でいくとこういうモノがある」「その方法だとコストが見合わない」と厳しい指摘を受けることもありました。しかし、イマオコーポレーションは簡単に諦めませんし、「若手の挑戦を後押しする」文化も根付いています。周囲のサポートを受けながら、一歩ずつ形にしていき、最終的に私が起点となったアイデアが「新製品」として世に出たときの感動は、今でも忘れられません。自分が考えた製品がカタログに載り、お客様に使っていただける。それは、文系出身の私でもモノづくりの主役になれると確信した瞬間でした。

半年間の育休取得と柔軟な働き方。ライフステージの変化を支える社内環境。
入社5年目、技術部への異動というキャリアの大きな転換点が訪れました。テクニカルセンターではお客様の声と製品開発をつなぐ接点という役割でものづくりに関わってきましたが、技術部は開発の核心部です。期待もありましたが、正直「CAD(設計ソフト)すら触ったことがないのに大丈夫か」という不安のほうが大きかったのです。しかし、ここでもイマオコーポレーションの「人を育てる懐の深さ」を実感することになります。
技術部での主な仕事は、新製品の設計開発です。アイデアはあっても、それをどのようにカタチにするかという課題は、いつも難題として立ちはだかります。行き詰まったときは、展示会に足を運ぶだけでなく、ホームセンターに足を運んで身の回りにある製品や工具の仕組みを観察しました。「この動きは応用できるかも」「この仕組みはヒントになる」と勉強を重ねる日々です。しかし、自分一人の努力やアイデアでは限界もあり、そんなときに支えてくれたのは技術部の先輩・同僚たちでした。「こうしたいなら、あの製品のこの部分を参考にしてみたら」と具体的な知見を惜しみなく共有してくれたおかげで、一人では形にできなかった設計もアドバイスによって劇的に進むこともあり、驚きと感謝の連続でした。営業職としてお客様の「想い」を肌で知っていた私にとって、その想いを自らの手で図面に落とし込み、製品へと昇華させる経験は、何物にも代えがたい財産となりました。
技術部で開発に携わっていた2020年頃、私生活では第1子を授かり、ライフステージの変化を迎えることになりました。妻は「里帰り出産」はせず、育児は夫婦二人で頑張ろうということになったため、私は半年間の育児休業を取得することにしました。当時はまだ、男性が半年間の育休を取ることは珍しいことでしたが、仕事の引継ぎもチーム全体でフォローしていただき快く送り出してくれました。実際に育休を経験して感じたのは、育児の大変さと子どもの成長を間近で見守ることができたありがたさです。半年間、家庭と育児に集中できたことで、復帰後の働き方に対する意識も変わりました。
現在、イマオコーポレーションには「時間単位年休」という制度があり、1時間単位で休みを取ることができます。たとえば「子どもを幼稚園に迎えに行くために1時間早く帰る」、「子どもの急な発熱で通院だけ付き添う」といった柔軟な働き方が、当たり前のように受け入れられているのです。また、大きな会議がある日に子どもが病気になってしまっても周囲は「家族を優先しなさい」と声をかけてくれます。そんな環境があるからこそ長く安心して働き続けられるのだと、働きやすい環境へ本当に感謝しています。

営業と技術の経験を活かし、新製品発売を牽引する「全社の調整役」へ。
育休復帰後は機工本部を経て、現在は営業部という立場で「新製品のローンチ(発売準備)」の取りまとめを担っています。営業、技術、本部。これまでのキャリアで一通りの部署を経験してきたことが、今の私の強みになっています。新製品を出すには、設計開発はもちろん、製造、在庫の確保、カタログ作成、価格設定、さらにはプロモーションまで、全社的な連携が必要です。各部署の担当者が何を大切にし、どこに課題を感じているかを理解し、販売に至るまでの各プロセスを最適化することが主な業務だといえるでしょう。ときには部署間の板挟みになることもありますが、それでも一つの目的に向かって全員が同じ方向を向けるよう調整していく。自分の主観にとらわれず、周りの立場や意図を理解しようと努めるこの仕事は、人間としての成長にも繋がっていると感じます。
新製品の発売日が近づくにつれ、スケジュールはタイトになります。それでも残業を最小限に抑えてフレキシブルに働けているのは、社員一人ひとりが「効率的に、無理なく、でも最高のものを出す」という共通の意識を持っているからこそです。
振り返ってみれば、入社以来、常に新しいことに挑戦させてもらった日々でした。入社当時の私のように「文系だから」「モノづくりの知識がないから」と躊躇している人がいたら、伝えたいことがあります。
イマオコーポレーションには、若手でも、経験がなくても「これがやりたい」「お客様のために挑戦したい」という想いを形にできる土壌があります。それは、ただの精神論ではなく、製品が生まれるまでのプロセスを間近で体験し、学べる環境が整っているということです。
私よりもずっと若い世代が、今、次々と新製品を生み出し、世界中のモノづくり現場を驚かせ、お客様に喜んでいただいています。彼らの姿を見ていると、尊敬の念を抱くと同時に、この会社の無限の可能性を感じます。自分が起点となって生み出した製品が、10年、20年と売れ続け、世界のどこかの工場の生産性を高めている。そんな未来を一緒に創っていきたいと思っています。理系・文系という枠組みを超えて、自分の頭で考え、自らの手で価値を届けたい。そんな想いを持つ皆さんと、新しい成長曲線を共に描けることを楽しみにしています。

