その向こうにいる大勢の患者さんのために──。MRとしての成長が、人々の健康を支えることにつながる。
その向こうにいる大勢の患者さんのために──。
MRとしての成長が、人々の健康を支えることにつながる。
このストーリーのポイント
- 医師に教わりながら地道に信頼関係を築いていった新人時代
- 講演会の企画を通じて、医師の困りごとの解消に貢献
- 基幹病院から大学病院へ、環境が変わっても基本的な姿勢は変わらない
多くの患者さんに薬剤をお届けできることに惹かれて踏み出したMRとしての道。同じ志で働ける仲間のいることが、協和キリンを選んだ決め手となった。愚直に、誠実に、医師との信頼関係を築きながら歩き続ける。
協和キリン株式会社
中場 康太
営業本部 東京支店 東東京第1営業所
※取材当時

2018年、新卒入社。薬学部卒。MRとして入社し、6カ月の研修後、東北支店岩手営業所に配属される。2023年4月に東京支店東東京第1営業所に異動し、都心の基幹病院などを担当する。
決め手となったのは「私たちの志」
学生時代は薬学部で学ぶ傍ら、ダンスサークルでの活動に打ち込みました。ダンスは自分にとって初めての挑戦で、基本的なトレーニングを愚直に繰り返すことの大切さを学びました。これはMRとしての仕事に通じることだと思っています。また、練習をリードしたり振付を考えたりする立場だったため、客観的な立場でメンバーの思いをくみ取りながら目標に向かって進んでいったところも、今の仕事に役立っていると感じます。
薬学部に進んだのは、シンプルに人の役に立つ仕事がしたいという思いからでした。当初めざしていたのは病院薬剤師です。大学5年生では実際に病院実習を経験したのですが、そこで目にしたのが、医師や薬剤師を集めて医薬品の説明会を行っているMRの姿でした。製品の有効性や安全性を紹介しつつ、専門的な質問にも的確に回答していく様子は非常に魅力的で、自分もやってみたいと思ったのです。
医師や薬剤師の先には、多くの患者さんがいます。MRは情報提供を通じて膨大な数の患者さんの役に立つことができると感じ志望するようになりました。
協和キリンに惹かれたのは、ホームページに掲載されている「私たちの志」がきっかけでした。特に強く刺さったのは、その中の「最高のチームになろう。」「力をあわせた人間というものが、どれほどすばらしい成果を残せるか。それを世界に示したいと思う。」というフレーズです。同じ志を共有する仲間たちと患者さんのために働けることの素晴らしさを感じ、ぜひこの会社で働きたいと思いました。
おそらく当社には私と同じように、「私たちの志」に惹かれて入社したという同僚がたくさんいます。

情報提供を諦めずに、コロナ禍の壁を乗り越える
半年間の新入社員研修を経て配属されたのが、岩手営業所です。私にとって初めての岩手で、雪の多さには驚かされたものの、楽しく過ごすことができました。
MRは医薬情報担当者として、医師に薬剤の正しい情報を伝えることがミッションです。ところが実際に活動を始めて驚いたのが、関係者の多さでした。医師や薬剤師はもちろんのこと、看護師、医療技師、栄養士、事務スタッフと幅広い職種の方々と関わる必要があったのです。それはとても刺激的なことで、様々な立場の方々に薬剤の情報を正しく伝えていくために日々のコミュニケーションを大切にしました。
医療の専門家である医師と向き合うわけですが、当然のことながら新人の私が対等に接することなどできません。圧倒的な知識差は簡単には乗り越えられない壁です。従って最初は医師に様々なことを教わる姿勢を大切にしていました。質問すれば快く教えてくださる先生ばかりでしたので、少しずつ私の知識も増えていき、次第に私から先生に提供できる情報も増えていきました。それに伴って信頼関係も、徐々にですが築かれていったと思います。
先生や医療従事者のみなさんから質問をいただいても、すぐに答えられないこともあります。そんなときは素直に「わからないので、調べて今日中にお答えします」と対応しました。誠実さは、MRにとってもっとも重要な姿勢です。どんな状況でも常に真摯に対応できることは、私の持ち味の一つだと自認しています。
岩手営業所に配属されて1年半ほど経ち、医師との信頼関係もだいぶ築けたと感じるようになった頃に襲ってきたのがコロナ禍でした。これはMRにとっての大きな試練でした。医師に情報提供したくても面会はかなわず、医師自身は情報を必要としているのに病院や施設のルールで立ち入れない状況が続いたのですから。
そんな状況の中、私はどうにかして情報提供できないかと考え、当時はまだ一般的でなかったWeb説明会を企画しました。施設としても初の試みです。結果として医師が必要としていた情報を他社に先駆けて届けることができ、当社製品の採用につながりました。
立ち入り禁止のルールは守りつつ、何か手は打てないだろうかと諦めずに考えたことが、この結果につながったと思います。まさに壁を乗り越えた瞬間でした。

医師のコミュニティづくりにも寄与する
入社6年目の2023年、東京支店へ異動となりました。担当することになったのは都心の基幹病院です。岩手と東京では、病院の特性や働く環境、車の運転もまったく違います。都心では、病院の機能や役割が異なる分、重症な患者さんが集まり、周辺地域からの紹介患者も多い為、より多くの患者さんのお役に立てる可能性にも繋がります。私たちが直接患者さんから喜びの声を聞くことはありませんが、先生から「数値が改善されて患者さんも本当に嬉しそうだったよ」といった言葉をいただくことができます。こうした本質的なやりがいは、地方でも都心でも関係ありません。不安を抱きつつも、それまでと同じスタンスで取り組むことにしました。
印象的だったのは、ある製品の浸透をめざして企画した講演会です。
発売後間もない薬剤であり、患者さんへの提案や処方について迷っている先生が多いことに気づいたことで思いついた企画でした。先生の困りごとを解決するためには、この分野の治療に精通している医師に講演いただくことが近道と考え、マーケティング部の協力を得て講演をお願いする医師の候補を全国からピックアップ。同時に各施設の担当MRに現場の課題を抽出してもらうとともに、講演会への出席を先生に呼びかけてもらいました。
このように「先生の困りごとに寄り添いたい」「患者さんに一日も早く薬剤を届けたい」というのも、組織の違いを乗り越えて、一つのチームとして取り組めることが協和キリンならではの魅力です。
普段、医療の最前線で忙しく過ごしている医師は、他の医師と情報交換したり親交を深めたりする機会をなかなか持てません。講演会にはそのきっかけとしての側面もあり、医師と医師の出会いを通じた新たなコミュニティの形成を促すことにもなります。
コミュニティを通じて医師が情報交換をして、新たな知見を得ることができれば、その先にいる患者さんの大きな力となるでしょう。より多くの医師の診療に貢献できることに、MRならではの醍醐味があります。

新しい挑戦でも、自分の持ち味を発揮したい
働く場所が岩手から東京に変わっても、職場の雰囲気は変わりません。若手社員の発言にはしっかり耳を傾けてもらえますし、ベテランも遠慮なくアドバイスを送ります。誰かが成果を上げれば、みんな自分ごとのように喜んでくれるので、モチベーションも自然と上がります。
働き方も柔軟で、自宅からの直行直帰やリモートワークが可能で、完全フレックス制度も導入されています。私は家では落ち着いて仕事ができないタイプなので毎日出社しています。これも含めてそれぞれ自分らしい働き方が可能です。
また、実績だけでなくプロセスも評価されることも、協和キリンの魅力です。目標を設定し、努力を重ねていく姿勢は、必ず評価されます。
私は次の部署への異動が決まり、現在は引き継ぎを含めて、準備に追われているところです。新しい部署では、いよいよ大学病院を担当することになります。私にとって初めてのことで、岩手から東京に異動したときと同じように、自分にできるだろうかという不安を感じています。大学病院では、これまで以上に多くの専門性の高い医師と接することになり、MRに要求される情報の質はさらに高くなるでしょう。
ただ、環境や接する相手が変わっても、私がこれまで貫いてきた、常に誠実に対応する姿勢が変わることはありません。愚直に、地道に、1歩ずつ信頼関係を築いていきたいと考えています。その先には、今まで以上に多くの患者さんがいることを思いながら。
そしてMRとして実績を残せたら、将来はMRとしてのステップアップも視野に入れつつ、本社機能にも挑戦していきたいと考えております。現場の経験と本社の目線を兼ね備え、より広い視点から医薬品の価値提供に貢献出来る人材になりたいと考えています。
就職活動は、自分自身の人生と向き合う絶好の機会です。自分がどんなことにワクワクできるのかを振り返れば、自然とめざすべきところも見えてくるのではないでしょうか。私が「私たちの志」に共感したように、皆さんもご自分の価値観と響き合う企業を見つけてください。それが協和キリンであれば、こんなに嬉しいことはありません。

