
HRテック/ピープルアナリティクスが、人の幸せを増やすチカラになる。
HRテック/ピープルアナリティクスが、
人の幸せを増やすチカラになる。
このストーリーのポイント
- 数理、監査の経験を経て、人事部へ
- 3万4000人から「この人」を見つけ出すために
- エンゲージメントの向上に寄与する
人材は最大の資源。一方で適材適所の実現は、正解のない課題である。そこで、数理とテクノロジーの力で人事施策の最適化を支えるというチャレンジが進められている。
株式会社三菱UFJ銀行
富澤 宏紀
人事部
2017年入行。大学院で金融工学を専攻し、修了後は国内の大手生命保険会社に入社。アクチュアリーとして確定給付企業年金の数理計算業務等に従事。2017年に三菱UFJ銀行に入行後は、監査部にてバーゼル規制や信用リスク評価モデル、米国会計基準の貸倒引当金等の監査を担当。2023年より現職。
アクチュアリーから異色のキャリアチェンジ
数理のプロフェッショナルであるアクチュアリーは、非常に高い専門性が要求される仕事です。私はこのアクチュアリーの業務に、新卒で大手生命保険会社に入社してから約5年間、携わりました。そこは想定以上に尖ったスペシャリストが集まる場所で、100×100のマス目をびっしり埋めた数字からたった1つの間違いを苦もなく見つけ出すような人たちの中、私も相当鍛えられました。ここで身につけた長時間集中を切らさずに複雑な思考を続ける力などは、現在の業務にも間違いなく活きています。
三菱UFJ銀行への転職に際して背中を押してくれたのは、大学院時代の恩師でした。この恩師は当行に勤務しながら客員教授を務めており、私に対して当行の監査部で人材を募集していると勧めてくれたのです。大学院で私はこの先生からデータ分析や金融工学を学んでおり、その知見が監査部での業務に活かせるのでは、という判断だったようです。
熱心に勧めてくれたこともあって、三菱UFJ銀行を受けることにしたのですが、よくわからないまま面接で「監査って何ですか」と質問したほど。私が面接官だったら絶対に私を落としたんじゃないかと思うのですが、幸いにも監査部での採用が決まりました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、金融機関のリスク管理には顧客と直接接する“一線”、リスク管理などを専門とする“二線”、内部監査を担う“三線”という3つのディフェンスラインがあります。私が採用された監査部はディフェンスライン“三線”に相当し、銀行としてリスク管理の仕組みがうまく機能しているかを監視する役目を担っています。
例えば貸倒引当金に将来のマクロ経済の推移を織り込んで計算された金額が、決められたロジックどおりに計算されたものか、ロジックを変えたり上書きしたりする際のプロセスは妥当かといったところを見る仕事でしたので、私としては数字に強いという自分のアドバンテージを活かすことができたと思います。何よりもキャリア入行ならではの外部からの視点を持ち合わせていたことが、新卒からずっと行内で育ってきた人にはない強みに感じられました。監査部って案外キャリア入行の方に向いている仕事なんじゃないかなと、今も思います。
3万4000人と真摯に向き合うカルチャー
人事部への異動は、私にとって大きなサプライズでした。
発令を受けたときは、人事データの利活用を担当するテックチームの人材が必要になり、理系出身で数字の扱いに強そうだという程度の解像度で私に声がかかったのだろうと受け止めました。全行員3万4000人の中から、よくぞ私を見つけてくれたものだ、というのが率直な感想でした。
ところが人事部に異動して知ったのが、当行では行員のキャリアに関する膨大な情報をかき集め、人事部員がとんでもない労力をかけてすべてに目を通し、知恵とアイデアを寄せ合って、異動案を作成していることでした。とてつもない作業量、とてつもないコストをかけて、3万4000人の中から「この人!」と掘り起こしているわけです。この真面目さ、真摯さは三菱UFJ銀行ならではのカルチャーでしょう。素晴らしいことだと誇らしく思います。
私にも、こうした深いプロセスを経て声がかかったのでした。改めて、よく見つけてくれたと思います。
人事部で私が担当しているのは、一般的にピープルアナリティクス、HRテックと呼ばれる領域の業務です。
今もお話ししたように当行の人事部には全行員の膨大な情報が集約されています。そのデータからインサイトを得たり、意思決定を支援したりするために、統計や数学、機械学習などのメソッドを活用して何らかの示唆を得ることが私の業務です。人事領域のデータ分析業務と言い換えてもいいでしょう。私が人事部に異動したように、迅速かつ正確に「この人!」と掘り当てて適材適所の人事施策を実現していくわけです。
そのためにデータへのアクセシビリティを高めたり、数学的な理論でデータを圧縮することに挑戦しています。また、将来のキャリアビジョンや直近1年での成長の記録といったテキスト情報も人事には集まってきますので、自然言語の得意な生成AIの力を利用して、効率的かつ適切に人事情報が活用できるような仕組みづくりに取り組んでいるところです。ECサイトで買い物をしていると、おすすめ商品が表示されて、ついポチッと買い物しちゃうことってありますよね。あれくらいの感覚で「その業務にはこの人材がおすすめです」と表示され、人事の選択肢を増やしてくれるシステムをめざしています。
人的資本経営に本腰を入れる企業が増えていますが、当行も力を入れて取り組んでいます。人的資本とは人のスキルそのものと考えており、スキルベースで「この人」を探し出すことを核に、キャリアや経験を数値化することをめざしています。
また、将来的にはパーソナリティについても同様のことが出来ないか挑戦したいと考えていますが、これは非常に難しい。例えば「あの人がいるだけでなぜか場が盛り上がる」という人材っていますよね。それはパーソナリティに拠るところが大きく、どうしたら数値化できるか、まだアイデアが見つかっていません。今後の課題です。
人が前を向くために背中を押してあげる
我々が取り組んだ分かりやすいケースをご紹介します。
当行では、行員が朝PCを起動するとポップアップで簡単な質問が出てくる仕組みを取り入れていますが、「上司・先輩に言われてうれしかったこと、歴代No.1は?」というアンケートを実施したところ、全行員3万4000人のうち2万人から回答が寄せられました。それを分析し、人はどんな言葉でモチベーションが高まるか、解きほぐしていきました。すると「歴史に名を刻んだね」「あなたらしくやりなさい」「また一緒のチームで働こう」など、普段は照れくさくて決して言わないような言葉が多数含まれていました。こういった全行の “上がる言葉”を(個人を特定せずに)集約して、これから部下を持つ新任マネジメントに伝えました。また、この質問に答えること自体が、「自分は何のために働いているんだっけ」「あのときの私って頑張ったんだな」など、忘れかけていた何かを思い出すきっかけになってほしいと思いました。これは、エンゲージメント向上につながる仕掛けになればと思い取り組んだ試みです。
ピープルアナリティクスで難しいのは、ほとんど検証のしようがないという点です。
我々の提供したインサイトによって人事施策が行われたとしても、ABテスト(比較検証)ができない限り、それが果たしてベストであったかは確かめようがありません。「彼が職場に来てくれて活性化された」という実感が得られても、別の誰かだったらどうなったかは、比較できませんから。
だから、人事上の課題のすべてがデータで解決できるとは、まったく思っていません。むしろ試行錯誤を繰り返し、挑戦し続けるところが面白みだと思っています。正解がわからないから、手探りでもがき続けるしかないわけです。
データサイエンスという言葉の響きからイメージされる世界観とは違う泥臭さを、私は魅力に感じています。
こうした取り組みをご紹介すると、「AIで人事を決めているのか」という声が返ってくることがあります。そんなことはまったくなくて、AIはデータの力を最大限引き出すための手段であって、人材のことを最終的に判断するのはあくまで“人”なんです。
最終意思決定者が、意思決定の際にサポートを求めてくるような、そんな存在になれたらと思っています。
幸せな人を増やしたい
私の根底にあるのは、とにかく1人でも幸せな人を増やしたいという想いに尽きます。
当行では数年に一度のサイクルで人事異動があります。異動というのは人生の節目でもありますから、そこでどんな声をかけられたか、どんな気持ちで辞令を受け止めたかが、案外重要なんじゃないかと思います。
私自身、監査部から人事部に異動する際、上司に「君はスペシャリストというよりバランサーだね」と言われたことが頭に残っています。アクチュアリーという超スペシャリストの集団から三菱UFJ銀行に転職したことに我ながらもやもやした想いがあったのですが、この言葉を聞いて“そうだったのか”と吹っ切れました。
私が経験したように異動の背景にあるストーリーを本人の動機づけにつなげられる、そんな仕組みができたらうれしく思います。
現在、テックチームのメンバーはわずか4人です。数もスキルも、まったく足りていません。ですから採用に力を入れるとともに、育成も大きな課題となっています。
私たちのチームでは、PythonやSQL、ExcelやVBAなどのツールを使って、データを迅速かつ効率的に扱う場面が多くあります。また、確率・統計・モデリングの知識を活かして、外部の専門家と議論を重ねながら課題解決に取り組むこともあります。
とはいえ、これらのスキルをすべて最初から備えている必要はありません。それ以上に大切なのは、課題に対して粘り強く、泥臭く取り組む姿勢です。試行錯誤を重ねながら、仲間と共に前に進む。そのような姿勢が重要だと考えています。
アクチュアリー時代の5年間は、自分より優秀な人に囲まれて過ごした貴重な時間でした。仕事は厳しかったですし、自分の力不足を痛感して辛かったことも確かです。けれども今振り返れば、あのときの経験が今の私をつくったことは間違いありません。
今後は、そんなふうに揉まれたい仲間をたくさん集めて、信頼される実力派に育て上げ、私はチームとしてのパフォーマンスを高めていくことに取り組みたいと考えています。このやりがいのある仕事に、大勢の方に挑戦していただけたらと思います。