ライフイベントとキャリアを両立するには、本人の意志と周囲のサポートが不可欠。地元・長崎で見つけた充実した生き方とは
ライフイベントとキャリアを両立するには、本人の意志と周囲のサポートが不可欠。地元・長崎で見つけた充実した生き方とは
このストーリーのポイント
- 地元への愛着と地域に貢献したいという想いが、二人のキャリアの原点
- ライフイベントを支える制度と人。だからこそ産休・育休を安心して取得できた
- 現場、管理、育成――立場が変わっても、自分の強みを活かせる
結婚や出産、育児といったライフイベントと仕事としてのキャリア。その両立は決して簡単なことではない。どちらかを選ばなければならないと感じ、不安を抱く人も少なくないのでは。今回登場するのは、地元・長崎で働きながら、それぞれの人生の節目と向き合ってきた二人。二人の言葉から見えてきたのは、「本人の意志」だけでなく、「周囲の理解や支え」があってこそ実現する働き方。地元で、自分らしく、長く働き続ける。そのリアルな姿は、これから社会に出る大学生にとって、多くのヒントを与えてくれるはずだ。
株式会社エレナ
古賀 ここ
有限会社まさるフーズ(グループ会社)
総務部
2017年入社
水産学部卒

物事を丁寧に、そして誠実に積み上げていくタイプ。大学で水産を学び、鮮魚や水産加工の現場で専門性を磨いてきた一方で、自身の性格を「人を支える役割が好き」と語る。「マグロの解体ショー」では前に立つよりも技術で支え、現在の総務業務でも、正確さや管理力を強みとして発揮している。また、出産・育児を経験したことで、時間の使い方や周囲との連携をより大切にするようになったという。環境の変化を前向きに受け止め、自分らしい働き方を模索し続ける姿が印象的だ。
柴原 康朗
エレナ深堀店 青果主任
2010年入社
人間社会学部卒

周囲をよく見て行動できる、穏やかなリーダー。部下や同僚の声に耳を傾け、力を引き出す姿勢は多くの信頼を集めている。青果主任として店舗を任されながらも、「一人ではなく、チームで仕事をする」ことを何より大切にしている。その一方、三児の父として家庭にも向き合い、社内で誰よりも早く男性育休を取得した経験は、相手の立場を想像する力をさらに育んだ。仕事でも家庭でも、できることを自然体で引き受ける姿には、周囲への感謝と地元で働き続けることへの誠実な覚悟が感じられる。
「やっぱり長崎が好き」から始まった就職活動。馴染みのスーパーが、働く場所になった
──お二人とも地元・長崎が大好きなのですね。エレナへの入社の決め手は何だったのですか。
古賀私は長崎県のほぼ中央に位置する東彼杵町で生まれ育ちました。自然がとても豊かな場所です。大学では水産学部に在籍し、クジラの研究をしていました。長崎の近海ではクジラが見れます。大村湾ではイルカの仲間やスナメリを見ることができるので、調査に行くたびにワクワクしていました。
柴原僕は長崎市内の出身です。長崎の一番の魅力は、人の温かさだと思っています。僕が住んでいた地域は海に囲まれていて、びわの産地でもあり、とても暮らしやすい環境でした。だから就職するなら、地元で働きたいと考えていました。
古賀私も大好きな地元を離れたくなく、県外転勤のない企業で働きたいと思っていました。また、水産学部卒なので、学んだ知識を活かせる「海に関わる仕事」を探していたんです。そんなときに出会ったのがエレナでした。小さいころから母と一緒によく買い物に行っていて、特に「鮮魚が新鮮」という印象が強く残っていました。
柴原最終的な決め手は何だったのですか。
古賀一番は待遇面です。他社と比べても給与水準が高く、福利厚生がとても充実していました。長く働くことを考えると、その点は大きな魅力でしたね。エレナは、私が思い描いていた条件にぴったりの会社でした。柴原さんはどうでしたか。
柴原僕の場合は、「地元企業で働きながら地域に貢献したい」「長年暮らしてきた長崎で生活していきたい」という二つの想いを叶えられると感じたことが決め手でした。就職活動の際、人事部の方がとても親身に話を聞いてくださって、スーパーマーケットという仕事が地域の生活に深く根ざし、社会に貢献できる仕事だと実感できたんです。実は大学時代にスーパーでアルバイトをしていたので、その経験を活かせる点も魅力でした。

人生が大きく動いた、結婚と出産。「おめでとう」の言葉が、何よりも心強かった
──ご入社後は、それぞれどのようなお仕事を担当されてきたのですか。
古賀入社後は希望通り鮮魚部門に配属されましたが、10か月後に水産加工事業を行うグループ会社「まさるフーズ」へ異動になりました。松浦の水産加工場で、品質管理やマグロの解体ショーのスタッフとして働いていました。入社4年目に結婚し、その後妊娠・出産を経験。産休・育休を経て、現在は佐世保にある「まさるフーズ」本社の総務部に在籍しています。
柴原僕は入社以来ずっと青果部門です。これまでに8店舗を経験し、2年に1回ほどのペースで異動しています。3店舗目から青果主任を任され、現在勤務している深堀店でも主任として、10歳ほど年の離れた若手社員の指導・育成を行っています。プライベートでは、3人の子どもの父親です。
──お二人とも大きなライフイベントを経験されていますが、周囲のサポートを強く感じる場面も多かったのではないでしょうか。
古賀妊娠が分かったとき、職場の皆さんが本当に喜んでくださって、たくさん温かい言葉をかけていただきました。水産加工場では年配のパートさんも多く、まるで娘のように気遣ってくださいました。「体を冷やしちゃいけないよ」「重いものは持たなくていいよ」と、常に見守ってもらっている感覚でした。
柴原それは心強いですね。安心して産休に入れたのではないですか。
古賀はい。もともと福利厚生が整っている会社ですが、「休みの間は私たちが頑張るから、安心してね」と声をかけていただき、業務の引き継ぎもスムーズに進みました。おかげで、安心して産休・育休を取得できました。
柴原実は僕も、三人目が生まれたときに育児休業を取得しました。
古賀男性社員の育休取得は、まだ珍しいですよね。職場の反応はいかがでしたか。
柴原男性社員で取得した方はまだ少ないみたいです。きっかけは、妻からの「2週間くらい育休を取れないかな」という相談でした。思い切って上司に打ち明けたところ、驚くほどスムーズに話が進みました。パートさんたちも「私たちに任せてください」と快く送り出してくれて、本当にありがたかったです。
柴原一人目のときは有休を2日ほど取っただけでした。それでは正直足りないと感じて、二人目のときは1週間ほど有休を取得しました。いずれも妻が里帰り出産だったのですが、三人目は「自宅で過ごしたい」という希望がありました。そのため、僕が上の子どもたちの保育園の送り迎えや、掃除・炊事など家事全般を担当する必要があったんです。

育休で気づいた、仕事や家族との新たな向き合い方
──実際に育休を取ってみて、いかがでしたか。
柴原とても充実した時間でしたね。普段は、仕事に行って帰ってきて、ご飯を食べて寝るという繰り返しです。でも育休中は、毎朝5時頃に起きて朝食を作り、子どもたちを起こして、掃除をしてと、一日中家事と育児に向き合っていました。それが特別なことではなく、自分にとって「当たり前の役割」だと感じられたのが大きかったです。子どもたちと触れ合う時間をしっかり取れたことも、何よりの収穫でした。古賀さんは、育休をどのくらい取得されたのですか。
古賀1年8か月です。子どもがなかなか保育園に入れず、当初の予定より8か月ほど延びました。
柴原それだけ長期間お休みすると、復帰時の不安はありませんでしたか。
古賀復帰前は、正直ドキドキしました。ただ、上司や人事の方が配慮してくださり、勤務地や仕事内容を調整してもらえたので、思っていたより早く慣れることができました。短時間勤務も1か月だけで、その後はフルタイムに戻しています。結婚して暫くして引っ越したので、産休前は通勤に片道1時間くらいかかっていて、保育園から呼び出しがあってもすぐに対応できませんでしたし、水産加工の現場は体力的にも負担が大きかったので、今の働き方はとても助かっています。
──産休・育休を経て、仕事に対する意識は変わりましたか
古賀大きく変わりました。出産後は、どうしても子ども中心の生活になります。限られた時間の中で家事や育児、仕事をこなす大変さを実感し、復帰後は「時間の使い方」や「優先順位」を強く意識するようになりました。また、周囲の協力を得ることの大切さも、以前より意識しています。育児では思い通りにいかないことが多いので、仕事でも柔軟に対応する力が身に付いたと感じています。柴原さんはいかがですか。
柴原正直なところ、2週間だけなので劇的な変化はありません(笑)。ただ、職場でも家庭でも「自分にできることは積極的にやろう」という意識は強くなりました。休みの日や仕事が早く終わった日は、保育園や学童のお迎えに行くようにしています。

どんな仕事であっても、自分の強みが活かせると実感。やり抜くことが大切
──エレナでの仕事の醍醐味や、やりがいについて教えてください。
柴原そういえば古賀さん、水産加工場にいらした頃、マグロの解体ショーでも活躍されていたと聞きました。
古賀コロナ禍前ですね。エレナの店舗だけでなく、外部から依頼を受けて全国各地へ行っていました。私は包丁で捌く専門で、先輩がマイクパフォーマンスを担当していました。
柴原どのくらいの大きさのマグロだったんですか。
古賀一番大きいもので約90kg、多いのは50~60kgでした。技術は入社後に教えてもらいましたが、大学で水産の知識を学んでいたので、比較的早く習得できました。
柴原「また解体ショーをやってほしい」、という声もあるのでは?
古賀人前に出るのは得意ではないのですが、育休中に「また見たい」という声があったと聞いて、自分の仕事が評価されていると感じられて嬉しかったです。必要とされるなら、また挑戦したいですね。
柴原総務のお仕事とは、まったく違う分野ですよね。
古賀そうですね。ただ、どちらも自分の強みを活かせていると思います。もともと管理業務が好きで、現場でも品質管理を担当していました。今は総務としてデータ管理や受発注管理を行っていますが、解体ショーを担当していた頃は鮮魚の知識が大いに役立っていました。柴原さんは、ご自身の強みをどのように捉えていますか。
柴原自分は、引っ張るタイプの主任ではないと思っています。周囲に頼りながら、皆の力を借りて進めていくタイプですね。「助けてほしい」と素直に言えることが強みかもしれません。深堀店のリニューアルオープンの際も、たくさん支えてもらいました。準備することが本当に多く、新しい生鮮惣菜にも挑戦しました。正直、オープン前にすべてを完璧に仕上げることはできず、始まってから対応したことも多かったです。
古賀チームづくりで心がけていることはありますか。
柴原相手の意見をできるだけ聞き、それを形にしてあげることです。まずはやってみてもらう。若い世代の提案から学ぶことも多く、自分の視野を広げるきっかけになっています。

これからも、長崎で働き続ける理由を未来の仲間たちと共有したい
──今後、どのようなキャリアを描いていますか。
古賀家庭と仕事を両立しながら、チームを支える存在でありたいと思っています。実は現在、第二子を妊娠中で、5月に出産予定です。再び育休を取得しますが、もちろん職場に戻るつもりです。
柴原僕は青果部門の仕事を極めながら、部下の成長を支え、自分自身も人として成長し続けたいです。知らない人と話すことで、新しい価値観に出会えるのも仕事の面白さだと思っています。
古賀ライフイベントとキャリアの両立は簡単ではありません。でも、周囲の理解や会社のサポートがあれば、続けていくことはできると実感しています。慣れ親しんだ長崎で、自分らしく働けていることが何より嬉しいですね。

