自分だから救える命がある。その想いが、一歩を踏み出す力になる。
自分だから救える命がある。
その想いが、一歩を踏み出す力になる。
このストーリーのポイント
- “自分がやらなければ誰がやる”との想いで
- 3年目でプロジェクトのリーダーに
- 互いをリスペクトする風土が根づいている
希少疾患の創薬は、生涯をかけてチャレンジできる夢──。日本新薬だからこそ得られるそんなやりがいを実感している。若手が伸び伸びと活躍できるカルチャーも、その喜びを後押ししてくれる。
日本新薬株式会社
生物研究部 生物研究二課

2023年入社。薬学研究科博士後期課程修了。大学から大学院にかけて研究に打ち込んだ経験を活かしたいと、研究職を志望する。希少疾患に重点的に取り組んでいる点に強く惹かれて、日本新薬に入社。3年目から研究プロジェクトの生物系リーダーを務めている。
根底にあるのは、人のためにという想い
もともと理系科目は好きだったのですが、将来の仕事について特に明確なイメージは持っていませんでした。そんな話を高校の数学の先生としたときに言われたのが「得意な化学や数学を活かして、人の役に立つ仕事をしたらどうか」ということでした。その言葉が実に自然にスーッと心の中に染みこんできて、“薬を創る仕事ならば世の中の大勢の人を救える”と、製薬会社を目指すことに決めました。あのときの想いは、今も変わっていません。
学部3年生から博士後期課程までの7年間、研究に打ち込みました。テーマは「GPCR―G タンパク質シグナルに基づく新規創薬コンセプトの探索」。薬の標的になる受容体作用の研究です。テーマそのものはもちろんですが、私は自分の手を動かして実験したり、研究室のメンバーとディスカッションで熱くなったりといったことにやりがいを感じました。研究活動そのものが好きだったのです。
学会発表で賞をいただいたときは研究の成果を認められたことが嬉しかったです。何よりも論文を2つ発表したことで、自分の研究をカタチあるものとして社会に残せたことに手応えを感じました。
この研究は後輩が引き継いでくれ、現在はさらにその後輩が続けています。私の拓いた道を誰かが歩き続けてくれることを、たいへん誇らしく思っています。
日本新薬を志望したのは、希少疾患に重点的に取り組んでいることに強く惹かれたためでした。希少疾患の創薬は簡単ではありません。市場が大きくないので事業性が成り立ちにくいですし、そもそもヒトの病態を模した実験動物が極めて少ないなど研究環境そのものが整っていないという現実もあります。ハードルが高く、だからこそ“自分がやらなければ誰がやるんだ”と思いました。自分だからこそ救える命があるという想いは、日本新薬を志望する上での大きなモチベーションでした。
また、懇談会で出会った社員の皆さんが、若手のうちから主体的に働けると話されていたことも決め手になりました。大きな組織で歯車の一員になる働き方は自分には合わないと感じていたので、自分の考えやアイデアを大切に取り組める環境に魅力を感じ、日本新薬への入社を決めました。

新薬のタネを生む
私が配属された生物研究部は、どういう疾患を対象に、どのような標的分子を狙っていくかを探索し、化学研究部が合成した化合物を使って、薬のタネとなるものを決定する部署です。新薬のアイデア出しを経てコンセプトを固めるという、新薬開発の最初のステップから、非臨床試験として細胞やマウスなどを使って新薬の候補化合物の有効性を評価するところまでを担っています。
もちろん研究開発のすべてのプロセスが重要なのは言うまでもありませんが、ゼロから新しいものを生み出せる点、自分のアイデアを活かせる点、学生時代に好きだった研究に打ち込める点などから、まさに私がやりたい仕事に配属されたと感じました。
入社1、2年目は進行中のプロジェクトにメンバーとしてアサインされ、リーダーである先輩の指示のもと、実験に取り組みました。
ここでは実験に取り組む際の大学と企業の違いについて、非常に多くのことを学びました。というのも安全性や薬物動態などについて大学ではほとんど意識していなかったのに対し、企業としてはその点に非常に重点を置いて取り組んでいることを知ったからです。まさに日々、新しい発見と学びの連続でした。
そのプロジェクトは、ある希少疾患を対象とするもので、まさに自分が入社前に挑戦したいと思っていた仕事でした。
希少疾患に限ったことではありませんが、新薬の開発においては、候補となる新規物質のアイデアがあったとしても、ほとんどは候補化合物を探索するスクリーニングの過程でふるい落とされていきます。非臨床試験を行っても狙いどおりの結果が得られることの方が珍しいと言えるでしょう。だからといってくじけたり、心が折れたりすることはありません。答えが見つからなくても、失敗したとしても、“そういうものだから”と切り替えて次の道へと進んでいきます。
その根底にあるのは、希少疾患に苦しんでいて、有効な治療法を心待ちにしている方が現実にいるという認識です。どんなに失敗を重ねても、そのニーズに応えたい、救いの手を差し伸べたいとの想いが揺らぐことはなく、それが研究者として前へ進むモチベーションとなっています。

壁があるから人は高く跳べる
入社3年目にプロジェクトリーダーになりました。1年目から私は上司に対して「自分でもプロジェクトを立ち上げたい」と話しており、その気持ちをくんでいただきました。プロジェクトの元となるアイデアは上司が温めていたもので、「君に任せるからやってみないか」と打診されたときは飛び上がるほど嬉しかったです。
一方で不安もありました。アイデアをカタチにできるかという点はもちろんのこと、リーダーとしてプロジェクトをまとめられるだろうかという不安です。この不安は的中し、プロジェクトがスタートしてからは苦労の連続でした。
それまでと違って私がメンバーに対して指示を出すのですが、人によって持ち味がまるで違うのです。どうしたら気持ちよくメンバーに仕事をしてもらえるか、当初はずいぶんと悩んだものでした。
上司に相談したところ「自分も同じような経験をした」と、丁寧にアドバイスをいただきました。その結果、1年ほどたってそれぞれの持ち味を発揮できるチームになれたかなと思っています。
おそらく私の1年目も、リーダーは同じような苦労をしたのではないでしょうか。自分がリーダーという立場になったからこそ気づけた点であり、視野もずいぶんと広がりました。
「人って、ジャンプする前にはしゃがむんだよ」との先輩のアドバイスは、忘れられません。
プロジェクトを進める上では、安全性や薬物動態など、他分野の研究者との連携が欠かせません。同じ会社で働いているものの、他分野となると共通言語の理解に乏しいためか、意思疎通の難しさを感じます。とにかく丁寧な説明を心がけ、一つひとつ確認しながら話を進めていくようにしています。
特にリーダーとなると、他部署と接する機会が格段に増えるので、コミュニケーション力は重要です。人と向き合うことも、研究者にとって大切な仕事だと実感しています。
私のプロジェクト自体は、今のところ順調に進んでいます。人に対して初めて投与される臨床試験を迎えられたらどんな気持ちになるのだろうと想像しますし、どれほど先になるかわかりませんが、それこそ患者さんに薬が届くときの感動は想像もつきません。
そもそも自分のアイデアがカタチになって薬として上市されるという経験は、一生に一度あるかないか、と言われています。研究者として生涯に携われるプロジェクト自体、10もないでしょう。極めて確率の低い世界ではあるのです。それでも折れることなく前に進んでいこうとする原動力は、その薬を待っている患者さんが現実にいるという想いに尽きます。

年齢に関係なく相手をリスペクトする
実は日本新薬に入社して衝撃を受けたことがあります。それは“人のよさ”です。
大学の研究室の延長をイメージしていたので、企業での研究活動はピリピリした雰囲気で行われるのだろうと思い込んでいました。しかし実際はまったく逆。どんなに忙しい先輩であっても質問すれば仕事の手を止めて向き合って丁寧に説明してくれますし、ミスをしても責められることなく「次はどうするか、一緒に考えよう」と言ってくれます。会議では1年目の若手でも意見を求められますし、会議終了後に先輩から「あの発言について詳しく聞かせてほしい」と呼び止められたこともありました。「この分野に関しては君が専門だから」と、わざわざ私の席まで質問に来られる先輩もいます。
こうした風土は私にとって大きな驚きでした。年齢やキャリアに関係なく、相手をリスペクトするカルチャーが根づいていることは間違いありません。先輩方の姿に接するたび、自分もこうなりたいと思っています。
当面は現在のプロジェクトを進めていくことに力を注ぎたいと思っています。その先は、やはり自分が考えたアイデアでプロジェクトを立ち上げたいという気持ちがあります。
私の職場では全員が毎年1つは新しいアイデアを出す仕組みがあります。2年目以降の研究員が対象ですので、若くてもプロジェクトを立ち上げるチャンスは公平に用意されているわけです。自身の専門性に部内で共有される知見を掛け合わせるとともに、常に視野を広げて最新動向のキャッチアップに努めています。そしてこれらの多角的な情報や知見を融合させることで新たなアイデアを創出し、新規プロジェクトの立ち上げへと繋げていきたいと考えています。
希少疾患の新薬をゼロから生み出す──。それはとてつもないビッグドリームです。野望といってもいいでしょう。誰でもできるわけではないそんな挑戦が、日本新薬なら可能です。
もちろん簡単なことではなく、生みの苦しみはありますが、創造する喜びは何ものにも代えられません。しかも日本新薬なら、お互いをリスペクトする穏やかなカルチャーの中、挑戦を楽しむことができます。ぜひ多くの方にその喜びを知っていただけたらと思います。

