一人ひとりに寄り添い、伴走しながら全員が楽しく働くチームにする

一人ひとりに寄り添い、伴走しながら全員が楽しく働くチームにする

一人ひとりに寄り添い、伴走しながら全員が楽しく働くチームにする

このストーリーのポイント

  • 高校を卒業し、身近で安定した企業を探す中で百五銀行と出会う
  • 個人営業で壁にぶつかるも先輩に帯同して学ぶという機会をもらって乗り超えた
  • 自分が先輩の背中を見て育ったように、部下に伴走し、一緒に成長する支店長でありたい

思うように成果が出ずに悩んでいた若手時代、上司がくれたのは叱責ではなく、先輩と過ごす一週間の時間だった。この時に味わった「伴走してもらう心強さ」が、今の自分の支店長像を決定づけている。

PROFILE
株式会社百五銀行

野呂 由紀

梅村学園前支店支店長

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2004年入行。入行後、支店での窓口業務を4年間担当。その後、本社秘書室にて3年半、経営陣をささえる業務に従事。四日市支店での個人渉外担当を経て、2022年から管理職としてメンバーの育成に携わる。2025年4月、公募制度を経て同行最年少で支店長に就任。現在は14人のメンバーを率い、地域に寄り添う店舗づくりに邁進している。

「何者でもなかった」10代。身近な存在だった百五銀行への入行

私は大学進学という選択肢を選ばず、高校卒業とともに社会に出る道を選びました。当時の自分は、世の中の仕組みも金融の知識も全く持ち合わせていませんでしたが、私の心にあったのは「地元に根差した、身近で安定した企業で働きたい」というシンプルな願いでした。大手メーカーに就職していく友人も多いなかで、私が志望したのは金融機関として身近に感じていた百五銀行でした。

当時は特に強い目的意識や目標があったわけではありません。しかし、入行後に配属された支店で窓口業務を皮切りに一歩ずつ仕事を覚えていくうちに、次第に銀行員としての自覚が芽生えていきました。4年目には個人渉外として、自ら動いて成果を出す楽しさを感じ始めていきました。

その後は、本社の秘書室へ異動となりました。そこでは男女6名のチームで、庶務や経理、役員のスケジュール管理など、業務を分担しながら経営陣をささえるという、支店とは全く異なる視点の仕事を経験しました。この3年半の経験は、銀行全体の動きを俯瞰して見る力を養う貴重な時間となりました。

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突き当たった大きな壁。私を変えた、上司からの「一週間の猶予」

キャリアの大きな転機が訪れたのは、秘書室での勤務を終え、四日市支店の個人渉外担当として現場に戻ったときのことです。一度は経験したはずの営業職でしたが、現場を離れていた4年弱のブランクは想像以上に重くのしかかりました。商品内容や行内システムは刷新されており、毎日必死にお客さまのもとを訪問しても、全く成果があがらない日々が続きました。

勤続年数だけを見れば8年目。後輩も増えていくなかで結果を出せない自分に、焦りばかりが募りました。そんなある日、見かねた上司が声をかけてくれました。

「一生懸命なのはわかる。だが、結果が伴わないのはどこかやり方を間違えているからかもしれない。1週間時間をあげるから、先輩について徹底的に勉強してくるといい」

それは叱責ではなく、私に寄り添った解決策の提示でした。藁にもすがる思いでその提案に従い、先輩の営業に同行して、私は大きな衝撃を受けました。

当時の私の営業は、訪問するなり挨拶もそこそこに「この商品が良いですよ、いかがですか」と、一方的に説明を始めるスタイルでした。しかし、先輩の振る舞いは真逆でした。お客さまの話にじっくりと耳を傾け、困り事や将来の不安を丁寧に聞き出していたのです。提案内容もお客さま一人ひとりに合わせて千差万別で、あえてその場での結論を急がず、「来週もう一度お伺いします」とゆとりを持って対話を締めくくることもありました。

「今すぐ買うか、買わないか」の二者択一を迫る私に対し、先輩の営業には「対話」と、そこから生まれる「信頼」がありました。この発見を自分の中に落とし込み、再び独り立ちしてからは、驚くほどお客さまとの会話が弾むようになりました。やがて契約もいただけるようになり、上司から「あの一週間で化けたな」と満面の笑みで声をかけられたときの喜びは、今でも私の原動力となっています。

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一枚の名刺がつないだ縁。地域に根差す銀行としての誇りと責任

個人渉外として15年以上、多くのお客さまと向き合ってきたなかで、深く心に刻まれているエピソードがあります。

ある日、一人の年配の女性が私の名刺を手に支店を訪ねてこられました。お会いした記憶がない方でしたが、お話を伺うと、亡くなられたご主人の遺品整理をしていた際、机の引き出しから私の名刺を見つけたというのです。

それは数年前、私が何度もご自宅を訪問し、預金のお願いをしていた際にお渡ししたものでした。当時はお取引には結びつかなかったのですが、ご主人は「地元の百五銀行だからこそ、いつか役に立つかもしれない」と、その名刺を大切に保管してくださっていたのです。

奥さまは「主人が名刺を残していたので、相続のことを相談したいと思って」と私を頼ってくださいました。たった一枚の名刺から始まったこのご縁に、私は驚き、そして感激を覚えました。これは私個人の力ではなく、先輩たちが長年かけて築き上げてきた「百五銀行」というブランドへの信頼があったからこそ成し得たことです。

相続のご相談は、ご家族の状況などプライベートな領域に深く立ち入るものです。メガバンクやネット銀行にはない、地域密着型銀行ならではの「顔が見える安心感」こそが、私たちが提供できる最大の価値なのだと確信しました。その後、専門部署とも連携しながら、二次相続まで見据えた最適な運用プランをご提案し、あらためて深いお付き合いをスタートすることができました。

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公募制度への挑戦。最年少支店長として描く、理想の組織像

結婚や1年間の産休・育休を経て復帰後、私はさらなる挑戦を決めました。2024年に実施された小規模店舗の支店長公募への応募です。

「私には法人渉外の経験がないから無理だ」と諦めるのではなく、これまでの個人渉外としての強みを活かせる場所があるはずだと考えました。以前の上司からも背中を押され、2025年4月、梅村学園前支店の支店長に着任しました。当行で最年少の支店長就任となりました。

支店長となった今、私が最も大切にしているのは「風通しの良い組織づくり」です。支店長というポジションは、店舗の中で最も「決まった業務」がない役割でもあります。その特性を活かし、メンバー一人ひとりの声に耳を傾け、必要であれば自らもお客さま先へ同行し、現場の課題を共に解決していきたいと考えています。

かつて私が上司から「見習いの一週間」という特別な時間をもらったように、次は私がメンバーに寄り添い、伴走する番です。従業員が自らの成長の道筋を明確に描き、意欲的かつ楽しく働ける環境をつくること。それが、巡り巡ってお客さまへのより良いサービスへとつながると信じています。

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未来の仲間たちへ。地域の期待に応え、新しい銀行の形を創る

現在、地方都市は人口減少や少子高齢化といった厳しい局面に立たされています。こうした状況下で、地元の企業や個人のお客さまから寄せられる期待は、以前にも増して大きく、そして重いものになっています。

この期待に応え、役割を果たし続けていくためには、銀行自体も従来の常識に縛られず、変わり続けなければなりません。その鍵を握るのは、若い世代の力です。

入行してすぐは、大きな成果を出すことは難しいかもしれません。しかし、目の前のお客さま一人ひとりに寄り添い、創意工夫を重ねることで、必ず自分らしい道が開けます。私は支店のメンバーにいつも伝えていることがあります。それは、「こういう仕事に挑戦したい」、「この部署で働きたい」という熱意があれば、遠慮せずに発言してほしいということです。

地域社会に深く根差し、未来永劫続く信頼を築いていく場所。それが百五銀行です。自らの意志で新しい未来を切り拓いていきたいという情熱を持った方と、共に働ける日を楽しみにしています。

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