ニューヨークでの研究活動が教えてくれた、日本の金融資本市場が向かうべき未来
ニューヨークでの研究活動が教えてくれた、日本の金融資本市場が向かうべき未来
このストーリーのポイント
- 裏表のない誠実な社風に入社を決意
- 支店の経験を経て、研究員としてニューヨークへ
- 日本の金融リテラシー向上と金融資本市場の活性化を目指し、次なる挑戦へ
入社以来の夢だった海外勤務を実現。それまで取り組んできたビジネスの方向性が正しかったことを確認すると同時に、日本の金融資本市場をもっと盛り上げたいという志も芽生えた。次の目標に向けて、さらにチャレンジを続ける。
※野村證券では、「お客様から最も信頼される相手として選ばれたい」という思いから、営業担当者を「パートナー」と呼んでいます。
野村證券株式会社
船津 太佑
支店(九州エリア)
ウェルス・マネジメント課長

2015年入社。環境情報学部情報メディア学科卒。大分支店(当時)、新潟支店でパートナーとして地元法人の資産運用の提案に携わる。野村資本市場研究所に出向し、ニューヨークに駐在。研究、調査活動に取り組み、レポートも多数執筆。帰国後、九州の支店に配属され、上場企業をはじめとする法人やオーナーのお客様に向けて、資産運用の提案や各種ソリューションの提供に携わる。
「嘘をつくな」。その教えこそが、信頼を築く原点
私が野村證券に入社を決めた理由の一つが、嘘偽りのない風土に惹かれたことでした。
業界を問わず様々な企業のセミナーに参加する中、耳あたりの良い言葉を数多く聞きました。しかし野村證券だけははっきりと「当社は厳しいです」と断言したのです。その潔さに衝撃を受けました。当時、就活生の間では証券業界は厳しいという噂が流れていました。野村證券の採用担当者も当然そんな噂は承知していたはずですが、それでもあえて言葉を濁さず、はっきりと「厳しい」と口にしたことに、嘘やごまかしのない、誠実さを感じたのです。
それに、厳しいと言われた上であえて入社するのだから、辛いことがあっても頑張れると思ったことも入社理由となりました。
相当な覚悟を持って入社したのですが、実際は想像したような厳しさはありませんでした。先輩方は優しく、職場の風通しもよくて、良い意味で裏切られたほどでした。
ただ一点だけ、厳しく言われたことがあります。それは“噓をつくな”ということです。仕事の能力には個人差がありますが、それをとがめられることはありません。努力をしていれば、必ず成長するからです。しかし、信頼は一度失えば簡単には取り戻せません。私たちの仕事は、信頼がすべての出発点です。だからこそ、噓をつくことは許されません。
私は今、管理職として部下を育成する立場にあり、自分自身がそう指導されたように、部下に対しても絶対に噓はつくなと言い聞かせています。このように社員一人ひとりにおいても噓やごまかしを許さない姿勢が徹底されていることが、会社としての誠実さやお客様との信頼関係につながっていると感じます。
最初に配属された大分支店(当時)では、新規開拓に挑みました。自分が逆の立場だったら、いきなりやってきた人に口座開設を勧められても嫌だよなあと思っていましたから、なかなか結果を出せないことも当然と感じていました。
そんな中で印象に残っているのは、あるお医者様です。なぜか私のことを気に入ってくれ「営業成績、大丈夫か」と心配して病院の他の先生を紹介してくれるなど、本当に可愛がってくれたのです。波長が合ったからといってしまえばそれだけですが、こういう出会いも、足を棒にして歩き回ったからこそ得られたことは間違いありません。人との出会いは、パートナー業務の面白さです。

既存の枠を超え、産学連携という新たなソリューションへ
次に異動した新潟支店では、パートナーとしてのスキルを大きく磨くことができました。大分支店(当時)での新規開拓とは異なり、新潟支店では先輩からの引き継ぎ案件が中心でした。そのため、お客様は必然的に前任者である先輩と私を比較することになります。先輩のやり方を尊重しつつ、お客様の期待を超えるサービスや新たな価値を提供していくという非常に大きな課題に直面しました。
以前は「先輩から引き継げるなんて幸運だ」と思っていたのですが、いざ引き継ぐと今まで味わったことのないプレッシャーを感じることとなりました。
新潟支店に赴任したのは3年目の終わり頃。もはや新人ではありません。しかし、上司と一緒に仕事をする中、自分はあらゆる面で未熟であることを思い知らされました。お客様は新潟県を代表する企業ばかりです。単なる資産運用の提案だけでは見向きもされず、面談の機会すらいただけません。3年間やってきてある程度の力はついたと思っていたのですが、まったく歯が立ちませんでした。
そこで今までにない価値の提供ができないかと考えて打ち出したのが、産学連携のお手伝いでした。先端技術を開発したものの事業化に向けて足踏みをしている状態のお客様に対し、京都の大学との連携を提案したのです。連携を実現するために野村證券の様々な部門に協力をお願いし、人脈を広げていきました。当社及び野村グループには多様なバックグラウンドを持った社員が豊富にそろっており、どんな提案も可能です。パートナーにとって強力な武器であると気づきました。
それまでお客様を訪問して事業や技術の話を聞いても、資産運用の提案には関係ないと思って受け流していたのですが、まさにそこに新たな提案の可能性が広がっていることを学び、お客様へのソリューション提供につなげられることを知りました。まさに無から有を生み出す醍醐味を知った瞬間でした。
資産運用の提案だけがパートナーの仕事ではありません。工夫次第で無限の広がりがあり、そのニーズは至るところにあったのです。そのことを、お客様とのやり取りを通じて改めて学ばせていただきました。大きな成長を実感した、新潟時代でした。

金融の本場ニューヨークで体感した、日本市場のポテンシャル
これまでの経験を評価いただき,私は長年の夢だった海外駐在の機会を得ました。グループ企業のシンクタンク、野村資本市場研究所に出向し、同研究所のニューヨークの拠点に赴任することになったのです。大分支店(当時)でも新潟支店でも海外経験のある上司がいて、自分もいつかは海外へ行きたいと思っていたので、夢が叶ったと思いました。
当時の日本では、証券会社は銀行よりも格下に見られる「金融途上国」という状況でした。一方、アメリカでは証券会社が非常に高い社会的地位を築いています。この日米間の違いに対する「なぜだろう」という素朴な疑問が、私が海外志向を抱くきっかけとなりました。
大分支店(当時)時代に私を可愛がってくれたお医者様も、いつか海外へ行きたいと話す私に「応援しているよ」と背中を押してくれました。
ニューヨークではシンクタンクの研究員として、アメリカの大手金融機関のウェルス・マネジメント部門の経営戦略や、公益財団法人や大学などのアセットオーナーの運用戦略、日米の規制の違いなどを調査し、レポートを執筆しました。テーマは私と上司が議論しながら決定し、それに基づいて仮説を立て、調査し、レポートとしてまとめるという流れでした。私の書いた論文は、今も野村資本市場研究所の季刊誌『野村資本市場クォータリー』等で読むことができます。
こうした仕事はそれまでとは大きく異なり、思考のプロセスもまったく違うものが求められたため、その経験は私の考え方や視野を大きく変えてくれることになりました。
ニューヨークに駐在したことで私は、日本の金融資本市場の活性化を通じて日本全体を盛り上げたいというふうに考え方が変わりました。より大きな志が生まれたと思います。
日本にいるときは、アメリカは金融教育が行き届いていて、誰でも金融リテラシーが高いと思っていました。しかし、実際にニューヨークで暮らしてみるとそれは幻想であって、決してすべての人の金融リテラシーが高いわけではないこともわかりました。一方で、ハイキャリア層の方々は徹底的に自己研鑽を積み、MBAなどの高度な学位を取得しながら、専門性を磨き続けています。こうした現実を直接、肌で感じられたことは、非常に貴重な体験となりました。

日本に大きなムーブメントを。そして自らも、次のステージへ
アメリカに対して漠然と抱いていた引け目のようなものは、ニューヨークの空気を吸ったことで消えました。同時に、日本の金融資本市場を通じて日本を変えていけるはずだという自信も生まれました。野村資本市場研究所を通じてこうした経験を得られたことには心から感謝しています。
ちなみに野村資本市場研究所は非常にアカデミックな機関で、他のシンクタンクと比べてもその存在感は圧倒的です。こうした機関が同じグループ内にあることは当社の強みでもあり、就活生の皆さんにもぜひ知っていただきたいと思います。
帰国後、私は九州の支店に配属され、上場企業や地域を代表する未上場企業、創業家オーナーなどの資産管理のほか、事業承継、本業支援などのお手伝いをさせていただいています。
アメリカの金融資本市場を実際に見るなかで、我々がウェルス・マネジメントとして取り組んでいることは間違っていないと確信しました。地に足をつけて取り組み続けていれば、決してアメリカに劣ることはないと感じています。
そしてもう一点、強く感じているのは、野村證券一社だけの成長ではなく、日本全体の大きなムーブメントにつなげていく必要性です。特に、これからの社会を担う若い世代が資産運用への意識を高め、市場を活性化させるためには、当社の取り組みに加え、私が担当する上場企業や地元の名士の方々のご協力が不可欠だと考えます。こうした連携を通じて大きなうねりを生み出し、九州から日本全体へと波及させていきたいという想いを抱いています。
目の前のお客様の資産運用に貢献することで、日本の資本市場を活性化したい。それによってもっと日本をよくしたい。変えていきたい。豊かにしたい。
そんな大きな志で、日々、お客様と向き合っています。
ニューヨークに赴任したのは、パートナーとしての職を離れ、完全に研究員としての立場でのことでした。ですから次はパートナーとして海外に出てみたいと考えています。
野村ホールディングスでは海外でのウェルス・マネジメント事業を加速させるためにインターナショナル・ウェルス・マネジメント(IWM)を展開しており、その拠点をシンガポールと香港、ドバイに置いています。こうした活躍の場が開かれていることが野村證券の魅力であり、これから入社される皆さんにもぜひ海外に目を向けてチャレンジしていただけたらと思っています。

