新卒で諦めた百五銀行への道。キャリア入行でその夢をかなえることができた。
新卒で諦めた百五銀行への道。
キャリア入行でその夢をかなえることができた。
このストーリーのポイント
- 他の地方銀行でキャリアを積み、百五銀行へ
- 公募で支店長に就任。キャリア入行でも昇進にハンデはない
- “やらない後悔よりやる後悔”の精神
かつて志した百五銀行へ、キャリア採用のチャンスを活かして入行する。大きな決断だったが人生は激変。長く思い描いていた生き方を手に入れることができた。喜びは大きい。
株式会社百五銀行
川﨑 敬介
鳥羽東支店 支店長
2008年入行(中途)

三重県出身。新卒で百五銀行への入行を志望するもかなわず、愛知県の地方銀行へ。同行では3つの支店で経験を積む。2008年に百五銀行への再挑戦を決心し、入行を果たす。入行後は四日市支店を皮切りにいくつかの支店、パーソナルプラザを経験し、公募試験を経て2025年に鳥羽東支店の支店長に就任。現在に至る。
“やらない後悔よりやる後悔”を胸に一歩を踏み出す
百五銀行にキャリア入行し、最初に配属された四日市支店で「10年たって、ようやくこの場に立つことができました」と挨拶したことは、今も鮮明に覚えています。まさに初志貫徹。諦めずによかったと、感無量でした。
実は私の父が銀行で支店長を経験しており、今私が鳥羽東支店で支店長の職にあることも、感慨深いです。とはいえここが目標ではなく、あくまで出発点。新しいスタートラインに立ったという気持ちで、日々を過ごしています。
三重県出身の私にとって最も身近な金融機関といえば百五銀行でしたから、新卒の就職活動で百五銀行が第一志望だったのはごく自然なことでした。しかし、当時はご縁がなく愛知県の地方銀行に入行することにしました。
同行では店頭営業から融資営業、渉外と一通りの業務を経験しました。充実した日々だったことは確かです。そんなときに偶然目にした百五銀行のホームページで、キャリア採用の行員を募集していることを知ったのです。
新卒ではかなわなかった夢に再びチャレンジできるという驚きは大きく、このチャンスを見逃したくないという思いで応募することにしました。偶然の出会いでしたが、これが人生の大きな岐路となりました。
当時の私は31歳。娘も生まれていました。妻には内定後に事後報告として伝えたところ、「本当に行きたかったところに入行できるチャンスだから」と背中を押してくれました。私自身、同じ業界とはいえ自分が通用するだろうかという不安はあったものの、“やらない後悔よりやる後悔”との思いで転職を決めました。
最初の四日市支店では融資係からスタート。3か月目からは渉外係となりました。
当然のことながら同じ地方銀行といっても、前職と百五銀行では業務の進め方や書類の書き方などもすべて違います。使っている用語も微妙に違いました。当然一つひとつ教わりながら覚えていくしかないのですが、誰に質問しても快く教えていただいたことが嬉しかったです。
それこそ新入行員に質問したこともありました。年齢こそ私のほうがはるかに上ではあるものの、百五銀行の行員としては私が後輩です。相手を問わず教えを乞うことに抵抗はなく、新入行員も笑顔で快く教えてくれました。

自ら手を挙げ念願の支店長へ
印象に残っているのは3店目の東員支店です。ここで私は初めて渉外係のマネジメントを担う立場となり、部下を持ちました。このポジションはお客さまへの営業活動だけでなく、支店全体の営業戦略を考えて実行していく、プレイングマネージャーのような存在です。部下の中には私より年上の行員もいて、さまざまな属性の仲間を一つにまとめ、チームとして牽引していくことの難しさを味わいました。
こちらの思いを口にしても相手に正しく伝わるとは限らず、部下に意欲的に動いてもらうために一人ひとりに合わせたコミュニケーションを考えるようになりました。その経験は、今の支店長としての仕事に活きていることは間違いありません。メンバーの頑張りもあって営業店表彰を受けたときは、苦労が報われた思いでした。一人では何もできず、メンバー全員の力があってこその支店だと、改めて学びました。
5店目の桑名パーソナルプラザも思い入れが深い拠点です。パーソナルプラザは住宅ローン専門部署。当時は百五銀行が住宅ローンの取り扱いに力を入れていた時期で、連続で住宅ローン増加額全国地銀1位を記録していたほどです。そのため業務は繁忙を極めました。1日中書類と向き合い、気がついたら夜になっていたというのが実感でした。
マイホーム購入はお客さまにとって人生で最も大きなお買い物です。そこに携われることは大きなやりがいであり、忙しい中にも充実感を抱きながら取り組みました。お客さま一人ひとりのライフプランに耳を傾け、その大きな節目に立ち会えることにやりがいを感じました。
7店目の生桑支店では融資係のマネジメント職に就きました。ここで支店長職の公募試験に挑戦しました。自分もいつかは支店長にという思いがありましたし、何よりも当時の生桑支店の支店長が私と同年代だったことに刺激を受けました。支店長になれば、より責任ある立場で地域のお客さまや企業に貢献できるとの気持ちも強かったです。
公募試験は論文と面接で、合格通知をもらったときは本当に嬉しかったです。キャリア入行であっても自身のキャリアのうえで何ら障壁はなく、このように支店長にも昇格できることに、百五銀行の懐の深さを感じました。公正で公平な人事評価は、百五銀行の大きな魅力の一つです。
このときの合格通知は、記念に今も大切に保管してあります。

大切なご家族をお預かりする責任
公募試験の合格を受けて、支店長として赴任したのが現在の鳥羽東支店です。支店長の業務は幅広く、一言でいえば支店のすべてに関わり、すべての責任を負うことが使命です。これまでは個々の業務を見ていたのに対し、一気に視座が高くなったと感じています。
特に嬉しいのは行員の成長を目の当たりにできることです。若手の行員がお客さまから「ありがとう」という言葉をいただき、喜んでいる姿を見ると、自分のこと以上に胸が熱くなります。一人ひとりのそうした積み重ねのうえで支店全体の業績が伸び、組織としても成長していくのです。
支店長として忘れてはならないと自分に命じているのは、行員と一緒に働くとは、ご家族の大切な人をお預かりしていることなのだということです。そのためにも誰もが臆することなく挑戦できる職場でありたいと考えており、たとえ失敗しても結果を責めるのではなくて、その経験を次に活かせる職場にしていきたいと思っています。
私自身、多くの上司や先輩に支えられて支店長になることができました。だからこれからは私が後輩たちの挑戦を後押しし、支えていきたいと考えています。
鳥羽東支店のカバーするエリアには、旅館やホテルなど観光業のお客さまが大勢いらっしゃいます。皆さんコロナ禍の苦しい時期を乗り越えられてきました。観光業は取引先が多く、そこで働く人も多いことで、地域の大切な経済資源となっています。
百五銀行は地域を支える金融機関として信頼を得ていますから、そうしたお客さまが永続的に成長できるよう、支援していく覚悟です。

ぜひ勇気ある一歩を、ここで
AIが銀行の業務のあり方を大きく変えようとしています。自動化・効率化が一気に進み、銀行員に求められる役割も徐々に変わっていくでしょう。ですから私たちが考えなくてはならないのは、人間にしか提供できない価値とは何か、ということです。
それはお客さまと正面から向き合い、お客さまのために何ができるかを問い続けることではないでしょうか。時代の変化を読み、常に新しいことを学んで吸収し、それをお客さまのために還元していく。そうした姿勢こそがこれから問われてくるでしょうし、それができる銀行員にはむしろ飛躍のチャンスが巡ってくると考えています。
新卒で百五銀行に入れなかったことは確かに挫折でしたが、勇気を出して転職に向けて一歩を踏み出したことで、失った夢を取り戻すことができました。自ら公募に手を挙げて支店長に就くことができたことも含め、百五銀行は挑戦する人に門戸を広く開いています。
私自身は転職したことで人生が大きく変わり、本当に入りたかった銀行で、ずっとやりたかった支店長という仕事に就くことができました。
簡単な挑戦ではないかもしれませんが、人生の可能性を一気に広げられるのが転職です。私が拠り所にしてきた“やらない後悔よりやる後悔”という言葉を、迷っている皆さんにも贈りたいと思います。
支店長に昇格してまだ間がなく、今後は他のエリアの支店長も経験することで、自分自身を磨いていきたいと考えています。その結果、百五銀行全体の戦略を見通せる力を身につけていくつもりです。
実は私が銀行で働く父親の姿を見て育ったように、私の娘も百五銀行で働く私を見て育ちました。その結果、就職活動では百五銀行を受け、無事に内定を獲得しました。
自分の子どもが働きたいと思ってくれる銀行、親として子どもに自信を持って勧められる銀行、それが百五銀行です。来春から娘と一緒に働くのが楽しみです。親子で仕事の話ができるなんて、とてもいい人生だなって思っています。

