Project Story 気候変動リスクに立ち向かう損害保険の取組

Project Story 気候変動リスクに立ち向かう損害保険の取組

シリコンバレーの先端スタートアップとの共創による世界の異常気象への挑戦。

MS&ADグループがシリコンバレーで最先端を走る天候予測モデルを有するスタートアップと前例のないビジネスを創り上げました。そこに込められた挑戦と志を紹介します。

昨今の気候変動がもたらす異常気象は、世界的な経済的損害をもたらしています。企業の経営にもそのリスクが波及することから、金融安定理事会(FSB)により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:The Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、金融機関をはじめとした企業に気候関連のリスクを財務情報として開示することを推奨すると発表しました。国内でも2019年にTCFDコンソーシアムが立ち上がり、多くの企業で気候関連の情報開示に向けた取り組みが進められていいます。

保険会社であるMS&ADグループとしてもTCFDに賛同し、気候変動の緩和と適応への貢献に取り組んでいます。保険事業において最も大事なことは、起きた損害による損失を補填することだけではなく、事故による損害からお客さまを守るための防災・減災の対策を一緒に進めていくことです。地球温暖化に伴って高まる自然災害のリスクに対しても対策を講じていくことが、私たち保険会社の使命です。

これらに対応するためにMS&ADグループは、米国シリコンバレーのJupiter Intelligence(CEO:Rich Sorkin、以下「Jupiter社」)とビジネス提携を締結。Jupiter社は、気候変動に伴い甚大化が想定される洪水や風災等の自然災害リスクについて、全世界を90メートル四方単位の精度で分析するシステムを開発しました。同社との業務提携により、気候変動の影響評価で実績のあるMS&ADインターリスク総研が、国内保険・金融グループとして初となる、全世界を対象とした気候変動影響の定量評価サービスの提供を開始しました。
(2020年7月7日付日経新聞の一面でも報道)

これはMS&ADグループがシリコンバレーで最先端を走る天候予測モデルを有するスタートアップと、日本で類のない新しいビジネスを創り上げた物語です。

Jupiter Intelligenceとの出会いと投資

2018年10月、MS&ADホールディングスは世界のイノベーションの聖地であるシリコンバレーで、保険会社初のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立しました。その投資先の1社が、Jupiter社です。
アメリカでは、有力なスタートアップは投資家よりも強い力を持っており、いくら投資家が資金を用意しても、簡単に投資を“させてもらえない”のが常識です。特にシリコンバレーは、投資を希望しても経営者に面会することすら困難な土地柄です。そんな中で、シリコンバレーの当社CVCトップであるJon Sobergと駐在員の佐藤 貴史(ともにGCVパワーリスト賞でトップ100投資家に選定)は、シリコンバレーの有望なスタートアップの背後には投資家が“門番”のように目を光らせていて、その信頼を得なければ経営者には決して会えないことを知りました。そこでシリコンバレーのエコシステム(人脈)を通じ、まず投資家に面会し、その信頼を得た後にJupiter社にアプローチすることに成功しました。

ともに正解を創造しよう。社会の安全と安心のために。

佐藤 貴史
MS&ADベンチャーズ President

0534_01.jpg

「シリコンバレーは正解を見つける場所じゃなく、正解を創造する場所なんだ。ぜひ我々と一緒に正解を創り出そう」。Jupiter社が私たちの投資を受け入れると決断した背景には、私たちのそんな言葉が響いたからに違いありません。そこに至るまでは遠い道のりでした。

シリコンバレーの新聞でJupiter社のことを知ったのは私がシリコンバレーにMS&ADインシュアランスの駐在員として着任して3ヵ月後の2017年8月のこと。すぐさま「ぜひ一度会いたい」という熱いメールを送ったもののナシのつぶてで、何度メールを送っても返事はありませんでした。その後2018年10月にMS&AD Venturesを設立し、改めてメールしましたが、ここでも返信はありません。どうやら有力投資家経由でアプローチしなければだめだとわかり、当社パートナーであるJon経由で有力投資家と面談を行い、「紹介してもいい」との言葉をもらうまで4ヵ月かかりました。

シリコンバレーには「ビジネスモデルは旅をしない」という言葉があります。国や地域に合わせてビジネスは変えていかねばならないとの意味です。やっと面会かなったCEOに向けて私たちは、日本で一緒に「正解」を創造しようと提案し、投資へと結びつけることができました。

シリコンバレーの空気は、私たちに「うちの会社って世の中にどんな形で役立っているんだろう」と考えさせてくれます。私たちの本来の役割とは保険金を支払うことではなく、安全で安心な世界をつくるために貢献することです。「解決すべき社会課題の提示」から始まるスタートアップのプレゼンテーションに触れながら、私は三井住友海上の“あるべき姿”を思い返し、モチベーションとすることができました。

1.png

Jupiter社の技術は、自然災害の事故による損害からお客さまを守るための防災・減災の対策を講じるうえで有力なものです。佐藤たちのプレゼンテーションは同社経営陣の強い共感を呼び、CVCからの投資の快諾につながりました。
佐藤たちはJupiter社の成長をサポートする立場として、日本進出のストーリーについて議論を重ねました。そして日本の仲間たちにコラボレーションに向けた具体的な取り組みを託しました。

Jupiter社の日本進出

佐藤からバトンを託されたのは、Jupiter社のビジデブ(事業開発)を担当する秦 孝陵でした。

2019年7月、Jupiter社のCEOであるRich Sorkin氏が来日。秦は「同社の技術を日本に広める絶好の機会」と受け止め、グループ内の様々な事業会社、事業部門とのマッチングに奔走しました。

日本では類のない技術を有した海外スタートアップであるJupiter社の技術を必要とし、言語の壁を超えてでも新しいビジネスを立ち上げるという気概を持ったパートナーを社内で探すことに、秦は全力で取り組んだのです。

最初は、天候リスクをカバーする新たな保険商品の開発、あるいは事故時の保険金支払いプロセスを支援するシステムの構築などを狙い、商品部や損害サポート部門とのマッチングも考えましたが、海外スタートアップで日本でも実績がまだない同社の技術をマッチさせるビジネスユースケースを描くことに苦慮します。

そんな中、Rich氏の出張期間中に、SDGs推進を担当する浦嶋 裕子と、気候変動リスクのリスクマネジメントを担うインターリスク総研の寺崎 康介とのマッチング面談が実現しました。

組織を超えた連携がイノベーションにつながった。

秦 孝陵
MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社
総合企画部イノベーション室 課長

362047_02.jpg

自然災害リスクの計量化については、1980年代に開発された世界の三大モデルと言われる工学的知見に基づく手法の枠組が確立されています。そこにいきなりスタートアップの新しいモデルを持ち込むなんて無謀すぎると感じていました。

案の定、Rich Sorkinさんを招いて開催した説明会でも反響は芳しいものではありませんでした。マッチングを進めるにも、このままでは埒が明かないと、途方に暮れたものです。

そんなとき上司が私に「サステナビリティ推進室に相談してみたら」と一言。私は“なぜサステナビリティ推進室に?”と訝しく感じながらも、浦嶋さんに相談を持ちかけたのです。それをきっかけに、サステナビリティの専門家である浦嶋さん、社内外に豊富な人脈をもつITセキュリティの専門家、そして再保険とリスクマネジメントに詳しい私と、立場や強みの異なるメンバー4人が集まってブレーンストーミングを行いました。その中で飛び出したのが、TCFD向けのサービスはどうかというアイデア。気候変動のリスクに対するソリューションとして“これはイケる!”と確信しました。

その後、私はシリコンバレーに飛んでRichさんに説明。「日本の保険会社がどう道を開いてくれるのか」と待っていたRichさんの期待に応えることができました。組織の枠を超えたプロフェッショナルたちの連携があったからこそ生まれたブレイクスルーでした。リリースしたサービスには日経新聞の一面に掲載されるなど非常に大きな反響がありましたが、私が何よりも誇りにするのは、一緒に取り組んできた仲間たちの存在です。志を同じくする素晴らしい仲間たちがいたからこそ、このサービスが誕生したのは間違いありません。

2.png

サービス開発に向けた大きな一歩

浦嶋は、SDGsの活動において気候変動への対策は重要と考え、保険会社として世の中のためになるサービスの提供を模索しているところでした。世界的な異常気象やデジタル革命による社会の急速な変化によって新たなリスクと不確実性が高まる中、MS&ADグループは「レジリエントでサステナブルな社会」を実現することを目指しています。浦嶋は、この社会を実現するうえでも、Jupiter社の技術に大きな可能性を感じました。

まさにエポックメイキングなチャレンジでした。

浦嶋 裕子
総合企画部 サステナビリティ推進室 課長 / 2008年入社(中途)

360939_03.jpg

秦さんたちと一緒に行ったブレーンストーミングのことは、よく覚えています。「こんな面白いスタートアップに投資できたんだから今までにないビジネスを考えましょうよ」と、盛り上がったものでした。

私自身、Jupiter社の話を耳にしたときは反射的に「面白い!」と思いました。全世界どこでも90メートル四方のメッシュで自然災害リスクを分析できるなんて、まさに画期的。気候変動のリスクは、きちんと定量化できてこそ正しく認識できるし、対策も可能になります。漠然としたリスクでは漠然とした不安が煽られるだけ。数値によって可視化することでリスクを正しく受け止め、よりレジリエントな経営戦略の立案などの対応を打てるのです。

日経新聞の記事は2020年7月7日に掲載されたものですが、この記事をきっかけにTCFDという言葉はもちろん、その認識も一気に広がっていったと感じており、まさしく社会に一石を投じ、時代に足跡を刻めたと感じています。

異常気象そのものは避けられませんが、リスクを明確にすることでその曝露は減らすことができ、防災・減害につながります。それは“人の将来を守る”という保険会社の本質的な役割に通じるのではないでしょうか。

3.png

Jupiter社のCEOは、続けて寺崎に面会。寺崎は、顧客の持続可能な企業経営を支えるリスクマネジメントを支援する立場で、気候変動リスクへの対応に日々取り組んでいます。先に述べたTCFDは、企業の財務諸表に気候変動リスクを織り込む活動であり、日本では2020年9月16日時点で303社が賛同の意を示しています。
ただ、こうした企業たちにとっても、気候変動リスクを財務諸表にも反映させることは難しいはずです。寺崎は、持続可能な企業経営を支えるうえでも、Jupiter社と提携した新たなサービス開発に強い意欲を見せました。

経営陣の強力な後押しを受けて。

寺﨑 康介
MS&ADインターリスク総研株式会社
リスクマネジメント第三部サスティナビリティグループ 上席研究員

361508_04.jpg

Jupiter社との連携で開発した「TCFD向け気候変動影響定量評価サービス」を2020年7月にリリースしたところ、想定外に大きな反響がありました。引き合いがあったのは約70社。その対応に忙殺され、嬉しい悲鳴をあげたものでした。

私がJupiter社を知ったのは、秦さんのアレンジで開催された説明会でした。リスクコンサルタントとして以前からTCFD関連のご相談をいただいていたこともあり「これは面白い!」と思ったのです。求めていたピースが見つかった、という感じでした。その後は限られた時間、マンパワーの中でサービスの開発に邁進しましたが、資金面などを含めて経営陣の強力な後押しがありがたかったです。気候変動が企業経営のリスクになる時代が必ずくるからこうした革新的なソリューションが絶対に必要とされると、経営陣が時代の変化を先読みしていたのでしょう。安心して取り組めました。またJupiter社も柔軟に対応してくれ、日本での気候変動リスクの精度を上げるための提案などを反映してもらいました。幸いにも想定を上回る大きな反響をいただいたことには達成感があり、さらにサービスに磨きをかけて進化させていきたいと考えています。

私は大学院で理論物理の研究に携わっており、まさか仕事で企業のサステナビリティ課題に取り組むことになるとは想像もしていませんでした。学生時代の専攻は重要ですが、それ以上に課題にアプローチする“自分らしさ”を大切にして欲しいと思います。そのスタンスを活かせる場を探すことで、自分でも想像もしていなかった可能性を開花させることができるでしょう。学生の皆さんにはぜひそのような視点で就職活動に臨んでいただきたいと思います。

4.png

さらなるイノベーションに向けて

MS&ADグループではJupiter社だけにとどまらず、シリコンバレーをイノベーション活動の軸として、海外スタートアップとの共創に取り組んでいます。

例えば三井住友海上は、イスラエルのスタートアップ・Nexar社と協働し、自動車事故が発生した際に、AIを活用してドライブレコーダーの映像から事故状況を自動かつ正確に図や文章で説明するシステムを開発しました。これにより、お客さまが事故報告に要していた時間の70%程度削減を見込んでいます。

海外でも、MSアムリンが、欧州の中小企業マーケットに新たなデジタル保険を提供するべく、保険システムのデジタルプラットフォームを有するSocotra社(米国)と協業し、これまででは実現できなかったスピードで新しい保険サービスを欧州に展開しています。Socotra社もJupiter社と同じく、シリコンバレーCVCの投資先のひとつです。

シリコンバレーのCVCでは、2018年10月の設立以降、2年間で約40社の海外スタートアップに出資を重ねて、シリコンバレーだけでなく欧州やアジアといった海外各国のエコシステムを開拓してきました。
さらに海外スタートアップとの共創を推進する仕組みとして、シリコンバレーを軸にした「MS&ADガレージプログラム」にも取り組んでいます。これは、最新技術や新しいビジネスモデルが集まるシリコンバレーに、ビジネス課題(ペインポイント)を有した実務担当者が出張して、集中的にイノベーション活動に取り組むプログラムです。これまでに23組38人をシリコンバレーに受け入れ、様々なペインポイントの解消と、参加者の人財育成にも結びつけてきました。

MS&ADグループは今後も、先進的なスタートアップともパートナーシップを組んで、レジリエントでサステナブルな社会の実現を目指し、活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支えていきます。

三井住友海上の採用情報はこちら

採用情報はこちら 

三井住友海上の採用情報はこちら

Related Stories|関連ストーリー