
「水は命」。その想いのもと、災害支援に尽くす渡辺パイプ。
「水は命」。その想いのもと、
災害支援に尽くす渡辺パイプ。
このストーリーのポイント
- 渡辺パイプの呼びかけで「ライフライン・ネット」が発足
- 東日本大震災、能登半島地震などでの迅速な対応
- 確かな事業基盤と使命感があるからこそ実現できる
渡辺パイプの災害支援への取り組みが「ライフライン・ネット」である。全国の被災地を迅速に支援する体制を構築。これまで大きな実績を残してきた。その取り組み内容などを紹介しよう。
渡辺パイプ株式会社
矢部 岳人
ライフライン事業部 ライフライン開発部
土木開発グループ グループリーダー
土木設計コンサルティング事務所を経て2003年にキャリア入社。大宮サービスセンターに配属される。2005年北本サービスセンター、2009年大宮サービスセンターを経て、2011年の埼玉土木サービスセンター立ち上げに伴って所長に就任。2024年より本社にて現職。
実績を挙げればチャンスは必ず巡ってくる
私が転職先に渡辺パイプを選んだのは、企業としての安定性に惹かれたことが一番の理由でした。当時、私は27歳。待遇や経営基盤などの面で勤務先は満足できる水準になく、結婚などの人生設計を考えれば転職は妥当な選択でした。
渡辺パイプという名前は知っていましたが、転職先候補として詳しく調べたところ、全国で事業展開していることに加え社会に不可欠のインフラを支えていることを知り、ここならば安定した環境でやりがいある仕事に取り組めると感じ、入社を決めました。
前職が土木設計コンサルティング会社でしたので、入社後は「その経歴を活かしてほしい」と土木関連の顧客を開拓する業務を任されました。私の配属されたエリアでは、渡辺パイプのお客さまは水道工事や住宅設備に関わる業者さまが中心で、土木関連の市場は未開拓だったのです。道路や河川、堤防といった大規模な工事を手がける土木関連のお客様が必要とする資材は当時の我々にとって苦手分野でしたので、1歩ずつ顧客開拓に取り組みました。
印象的だったのは、入社9年目に埼玉土木サービスセンターの立ち上げに携われたことです。土木顧客開拓の経験が評価され、新たな拠点に所長職として就任しました。所長は一つの目標でしたから、嬉しかったです。
たとえ中途入社であっても実績を挙げていればチャンスをもらえるのが渡辺パイプ。処遇は全員公平です。頑張っている人材をしっかりと認めて評価するところは、大きな魅力の一つです。
その後も埼玉北土木サービスセンター、埼玉南土木サービスセンターの立ち上げに携わり、それに伴って土木関連の業績も順調に伸びていきました。
自分なりに渡辺パイプに少しは貢献できたのではないかと自負しています。
“水道のプロフェッショナル”が結集
2024年、ライフライン開発部に異動しました。私にとって初の本社勤務です。
ライフライン開発部で私が携わっている業務の一つとして、渡辺パイプの呼びかけで2006年に発足した「ライフライン・ネット」があります。詳しくご説明しましょう。
2004年、新潟県中越地震という大きな地震がありました。この地震を契機に、災害発生時に水を確保するための資材を速やかに供給する体制を構築し、被災地支援に結びつけようということで水道メーカー様6社との協業で設立されたのが「ライフライン・ネット」です。現在は全国15,300社あまりの管工事業者様を擁する全国管工事業協同組合連合会様の賛同も得て、被災地の水道復旧支援に大きく貢献しています。
2022年には、飲料水や発電機、仮設トイレなど、災害発生直後に必要となる備品17品目を取りそろえて、渡辺パイプの全国13ヵ所の物流センターに配備しました。本格的な復旧活動が始まるまでの“つなぎ”として、これら備品を被災地の皆さんに役立てていただくことができます。
渡辺パイプはこれまでの事業展開を通じて、大手水道メーカー様と取引を重ね、同時に全国規模の販売ネットワークを築いてきました。この体制を活用することで、万一の災害時に迅速な支援活動が可能になると考え、「ライフライン・ネット」設立に向けて奔走したのです。
水は命です。激甚な災害でインフラが破壊され、水道が止まってしまうと、大勢の方の生命が危機にさらされかねません。1日も早い復旧のために、自他共に“水道のプロフェッショナル”と認める仲間たちが社会的使命感のもとでスクラムを組み、力を尽くそうとする仕組みが、「ライフライン・ネット」です。
一刻も早く、被災地のために
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、発生の翌日には「ライフライン・ネット」会員のメーカー様の迅速な協力で大型トラック10台分もの復旧資材が渡辺パイプの仙台サービスセンターに集結。1ヵ月以上にわたって24時間体制で現場への復旧資材の供給を行いました。
被災したエリアでは地震によって水道管が損傷したことに加え、津波で資材が波を被って使い物にならなくなるという想定外の事態も発生しました。各地の水道工事業者様が資材を求めて当社の仙台サービスセンターに来られました。もちろん仙台サービスセンターに勤務していた社員も同じように被災者ではあったのですが、少しでも復旧に貢献しようとの思いで対応に当たりました。
「一刻も早く被災された方々に水を」という気持ちがその行動を支えたのは、間違いありません。
能登半島地震 復興支援で社員が見つけた使命
2024年元日に起きた能登半島地震においても「ライフライン・ネット」として状況を共有し迅速に対応しました。被災地での生活に必須の災害用備蓄品と水200ケースをすぐにお届けしました。
同じ年の9月、今度は能登を記録的な豪雨が襲います。大地震に続く災害で、能登は甚大な被害に見舞われました。この時もまず本格的な復旧資材提供の前に災害備品と水200ケース以上を迅速にお届けしました。
能登半島地震に際し、北陸地方で復旧支援にあたった社員たちの業務レポートに目を通すと、我々の「ライフライン・ネット」が復興支援への貢献に留まらない、非常に大きな意味を持つものであると改めて確信させられます。
実際に現地へ赴いた社員たちは、一様に、「報道で見る光景と、この目で見た現実との間には、あまりにも大きな隔たりがあった」と語っていました。倒壊した家屋、至る所で寸断され隆起した道路。我々が地図上で捉える「距離」とは全く異なる、悪路を何時間もかけて進む精神的な重圧。彼らは、その惨状を前に言葉を失い、自然の猛威と、日常が失われることの恐ろしさを痛感したようです。
被災地に最も近いサービスセンターは石川県の金沢と富山県の高岡の2ヵ所。最も近いといっても被災地からは100km以上離れており、現場まで片道3時間という道のりも珍しくなく、一度出発すれば簡単には戻れません。「積み忘れは絶対に許されない」「一つひとつの確認作業が、これほどまでに重要だったとは」。極度の緊張感が続く中で、彼らは我々が日頃から指導している基本業務の正確性こそが、困難な状況を支える生命線であることを、身をもって再認識してくれたのです。
しかし、彼らが感じたのは、その厳しさだけではありませんでした。自分たちが運ぶパイプや資材が、仮設住宅となり、人々の生活の礎となっていく様を目の当たりにし、「自分たちの仕事は、まさしく人々の暮らしと命を繋ぐライフラインなのだ」という、揺るぎない誇りと社会的使命感を再発見してくれたようです。「小学生から『ありがとう、頑張ってください』と声をかけられ、涙が出るほど嬉しかった」という報告もありました。これこそ、我々の事業の原点であり、何より尊い経験であったと感じています。
「ライフライン・ネット」は、被災地への直接的な貢献はもとより、社員たちにとって、自らの仕事の意義を深く見つめ直し、企業人として、一人の人間として大きく成長する機会となったようです。この貴重な経験と、彼らが抱いた熱い思いを、我々は決して忘れることなく、今後の事業運営、そして万一の事態への備えに活かしていくべきだと、強く感じています。
社会的使命を担い続ける
「ライフライン・ネット」が社会的に非常に意義のある取り組みであることは確かです。さらに渡辺パイプでは災害支援のほか、公益財団法人セディア財団の活動などCSR活動に積極的に取り組んでいます。
渡辺パイプがこうした取り組みを推進できるのは、本業が順調で、企業として確かな基盤を確立しているからなのは言うまでもありません。そして根底には、創業から水に携わり、生活インフラに携わってきた企業としての社会的使命感があります。
あらゆる生活インフラのパイプ役を目指す、渡辺パイプ。私はその一員であることを誇らしく思っています。
渡辺パイプは社会のインフラを支えるという重要な仕事を担いつつ、事業としてもしっかりした基盤を築き上げ、さらには災害支援などの活動にも真摯に取り組んでいます。ぜひ就活生の皆さんにも、当社のこうした姿を知っていただければと思います。
仕事で必要な能力やスキルは、あとでいくらでも学べます。私が一緒に働きたいと思うのは、気持ちのいい人間関係がつくれる方です。その人がいるだけで周囲が笑顔になる、そんな方と出会えたら嬉しく思います。